「意識とは何か」にせまる|関根 久

「意識とは何か」にせまる|関根 久

帝京大学 理学部 ヒューマン情報システム学科 教授

最近,テレビのCMなどでよく見かける人型ロボットは,歩いたり,踊ったり,動作のバリエーションもさまざま。しかし,人を認識して会話をするといったことになると,まだまだ研究の途中です。帝京大学の関根久さんは,人とコミュニケーションがとれるロボットの開発を通して,「意識とは何か」という問題に挑戦しています。「インテリジェントルーム」では,そんな魔法もお話の世界だけではなくなるかもしれません。

物理から脳へ

学生の頃は,顕微鏡を使っても見えない世界で起こっている物理現象について調べていた関根さん。そして,働き始めてからも物理に関係する仕事をしていました。たとえば,リニアモーターカーや,医療現場で使われるMRI(磁気共鳴画像装置)に利用されていることで有名な超伝導。関根さんは,その実現に不可欠の15 T(テスラ:磁石の強さを表す単位)の磁界を発生する超伝導線材を発明しました。普通の棒磁石が約0.25 T 程度なので,それは非常に強力な磁石です。実用化されれば人類をエネルギー枯渇から永遠に救うとみられる核融合発電で使用されることになるでしょう。帝京大学に移ってきた頃から,それまでの経験を活かして超伝導コンピュータの研究を開始しました。超伝導コンピュータを利用することで,処理速度を大幅に速められると期待されています。しかし,この研究を10年間以上続けてきたなかで関根さんが実感したのは,「コンピュータの処理速度をどれだけ速くしても,世の中大きな変化は起こらない。人間より優れたものは他にはなく,これから先は脳の働きを持つコンピュータが必要だ」ということでした。これが,研究人生の転換点となったのです。

ロボット製作に挑戦

超伝導コンピュータからロボットの研究にシフトしたのが2004年頃。実は,ロボットの研究は初めての挑戦でした。そこで,先生と学生の二人三脚が始まり,勉強とロボット製作を同時に進める日々が続きました。「今では,言葉で命令をすると,それに対応する動作をするところまではロボットが完成しています」。その言葉通り,身長165 cm ほどある人型ロボットは,関根さんが「おはようございます」と声をかけると,「おはようございます」と返事をしながらおじぎをしてくれます。「歩いてみようか」と言うと,前進するのです。「他にもいろいろな動きができますよ」。これから3~4 年は,まだぎこちないロボットの動きをよりよくしていくことがひとつの課題です。

情けは人のためならず,話し相手の介護ロボット

「意識を持ったロボットの研究をしていく中で,人間の脳のしくみがどのようになっているかがわかるはずです。また,脳科学の研究でわかったことが実際にロボットで実現できるかどうかを研究していくと,逆に,その成果が脳科学に反映されます」。関根さんは,ロボットと脳科学の成果を融合していくことを考えているのです。コンピュータの回路だけで脳のしくみを再現できるか,細胞と機械を併せ持たなければ再現できないのか,それさえも今はわかっていません。この延長線上に,関根さんが成し遂げたいもうひとつの目標——「人と同じようにコミュニケーションができ,お年寄りの相手になるようなロボットの開発」があります。現代は,誰もが忙しく働いているために,お年寄りとコミュニケーションをとる時間的な余裕のある人が少ない。人との関わりが少ない都会では特にそうでしょう。「情けは人のためならず(人に親切にすれば,それはめぐりめぐっていつか自分に返ってくる,という意味)です。世の中の役に立つものをつくろうとすることで,自分の人生も開けてくる,それを学生に教えたいのです」。これからも関根さんは,人に夢と喜びを与えるロボットの開発を学生と一緒に進めながら,自分が興味を持っている意識の問題に挑戦し続けます。「ジャングルにたとえれば,私がまず道を切り開き,それを学生に渡して,一緒に進んでいこうというつもりでいます」。

関根 久(せきね ひさし)プロフィール:

帝京大学理学部 ヒューマンシステム情報学科 教授。1975年,科学技術庁金属材料研究所にて研究官を務める。1981年,米国マサチューセッツ工科大学に研究員として派遣される。1990年より帝京大学理工学部電気・電子システム工学科教授を経て,2008年より現職。