情熱と冷静のフィールドワークに出かけよう|高槻 成紀

情熱と冷静のフィールドワークに出かけよう|高槻 成紀

麻布大学 獣医学部 教授

“Think warm, but behave cool.”生き物が好き,生態系の保全に関わりたいという思いを持って獣医学部に入る学生に対して,高槻成紀さんが最初に話す言葉だ。情熱だけでは何も解決できない。日本各地の里山や島々,モンゴルの草原で野生生物の研究をしてきた彼から見た「生き物を守る」とは,どういうことだろうか。

手を加えることにも意味がある

一見,緑豊かであるように見える日本の森林だが,実はその生態系は崩れている。長野県上水内郡にあるアファンの森も,そうだった。「幽霊の森」と称されるほど薄暗く,生き物の気配が感じられなかったこの森に,伝統的な林業による手入れが行われ,太陽の光が森の地面まで届くようになった。高槻さんは,この伐採が生態系に及ぼす影響を調査してきた。すると,花の種類が増え,それに伴い授粉昆虫やその捕食者も観察された。ツキノワグマ,キツネなどの野生動物も戻ってきた。伐採によって,食物連鎖でつながった生き物の種類が増え,生態系の土台が甦ったのだ。「森林の管理が,生き物のつながりを拡げるということを立証できた例となるでしょう」と,高槻さんはうれしそうに髭をなでる。

生き物も学問もすべてつながっている

生き物が好きで突き進んだ研究の道だが,生態系の調査や分析を行うのにはさまざまな手法が求められる。「ただ,『生き物を助ける』だけでは根本的な解決になりません。問題を突き止めて,社会に提示することが大切です」。現在は,研究仲間と共同で,宮城県の離島に生息する日本シカの生態調査を進めている。高槻さんは生態学が専門で,シカのふんや足跡から彼らの食性や行動範囲を大まかに把握するが,さらに詳細なデータを得るには,解剖学や遺伝学など他の学問分野の知識が必要になる。研究の結果,本州よりも離島のシカのからだが小型化し,妊娠率が低いなど,生態の違いが少しずつ明らかになっているという。全体を見渡す生態学と個々を突き詰める獣医学などが互いに融合することで,社会に提言できる研究成果が生み出されていくのだ。
30分で歩ける山道を,2時間かけて,学生たちといろいろな生き物を観察しながら登る高槻さん。その姿は,誰よりも熱い情熱と冷静な頭脳を持って生き物を見つめている。(文・孟芊芊)

高槻 成紀(たかつき せいき)プロフィール:

1978年東北大学大学院理学研究科修了。理学博士。東京大学総合博物館教授を経て,2007年より現職。国内外にて草食獣に関する幅広い生態調査を行っている。