冷たい「鉄」を打て! イノベーションにつながる逆転の発想 ドイツ・イノベーション・アワード受賞者レポート

冷たい「鉄」を打て! イノベーションにつながる逆転の発想 ドイツ・イノベーション・アワード受賞者レポート

ドイツ・イノベーション・アワード「ゴットフリード・ワグネル賞2009」受賞 物質・材料研究機構 木村 勇次 さん

金属加工の世界では、金属を熱してハンマー等でたたき、圧力を加えることで機械的性質を高める鍛造と呼ばれる加工法がある。「鉄は熱いうちに打て」と言われるように、できるだけ高い温度で圧力を加えることが一般的だ。そんな中、赤く熱した鉄でなく、より低温の黒い鉄を加工したらどうなる?という逆転の発想から超高強度鋼の開発に成功し、学術界だけでなく、産業界へも大きなインパクトを与えた研究がある。この成果は2008年5月に米Science誌に掲載され(※)、2010年2月にドイツ・イノベーション・アワード「ゴットフリード・ワグネル賞2009」の1等賞を受賞した。400万円の賞金と2ヶ月間のドイツでの研究活動のための助成金を得て、研究成果の実用化を目指して波に乗る木村さんに、研究の展望を聞いた。

何に注目して研究をされたのですか?

「鉄の物性には、靱性(粘りつよさ)と、強度(硬さ、変形しにくさ)があるのですが、それを高いレベルで両立するものはこれまで作ることができませんでした。また、鉄の研究ではレアメタルを用いる合金の研究が盛んでしたが、環境負荷のこともあり、レアメタルを使う量を減らしたいと思っていました。私は低合金鋼といって、 ニッケルなどの合金成分をあまり含まない鉄に着目し、何かを足して合金をつくるアプローチでなく、加工法を工夫することで、従来の基準を遥かに超える靱性と強度を両立させることに成功しました。鉄は熱いうちに打て、と言
いますが、私の方法では鉄を500度くらいで加工します。普通は1200度くらいの真っ赤な鉄を加工しますので、実験条件の500度は従来よりもかなり低温です。驚くべきことに温度を下げて細い棒状に加工することで鉄の結晶の粒子が細く伸びて、繊維状にすることができました。その結果、繊維が密に詰まった竹のような金属組織構造を作ることに成功しました。その組織構造によって、靱性と強度を備えることができたんです」。

何が賞の決め手になったと思いますか?

「応用志向の研究成果が出たからだと思います。素材の性能を上げたところから踏み込んで、ボルトをつくることに成功しました。それによって靱性と強度に加え、複雑な形の部品に加工できることを具体的に示しました。加工できることは、素材を作れることから一歩進んだ成果に当たります。ボルトとして応用できれば、建物や道路などの構造材料に使えるようになります。また自動車の部品にも使えるでしょう。例えば今まで2本で止めていたところを1本で済ませられれば、ボルトの総本数が減り、コストを減らせます。
また強度の面から設計上難しかったことにも挑戦できるでしょう。新しい設計・デザインの建物やエンジンができると期待しています」。

今回の副賞にはドイツでの研究活動を支援する助成金があります。そちらに期待することはどのようなことですか?

「ドイツには鉄の技術が蓄積されていますので、大学の研究室や企業の研究所を回って、ぜひ現場を見てみたいと思っています。やはり現場を見ないとわからないことがあります。百聞は一見にしかず、です」。

木村さん自身は、将来的にどのような方向に進みたいですか?

「今回の研究成果を産業へ役立てる方向に興味があります。量産化のための研究を進めて、実際にボルトとして製品化できれば嬉しいと思っています。新しいボルトの使われた船や車や建築物ができたら嬉しいです。そのためにも研究成果のユーザーである鉄鋼メーカーの話も聞いてみたい。素材研究はまだまだ奥が深く、最先端のサイエンスが求められる分野です。やりたいことはたくさんあります」。
子どもの頃、家の近くに造船所があり、ものづくりの現場を身近に見て育ったという木村さん。その頃受けた刺激そのままに、今も研究に賭ける熱い気持ちは変わっていない。
この受賞をきっかけとして新たなステージへと進んで行く意気込みが垣間見えた。

(※)参考文献
I n v e r s e T e m p e r a t u r e D e p e n d e n c e o f
Toughness in an Ultrafine Grain-Structure Steel
Y. Kimura et al., Science 320, pp. 1057-1060(2008).