私たちのとなりにある「水」|畔柳 昭雄
日本大学 理工学部 海洋建築工学科 教授
底が見えるほど澄みきった川や公園の噴水では,サラサラと流れる水が光を反射させて輝いています。そんな光景を眺めていると,ふしぎと心いやされる気持ちになることはありませんか。五感を通じて人を心地よくさせる水辺という環境,その調査と設計を行う研究が「親水工学」なのです。
陸地以外のまちづくり
京都の伊根町亀島の海岸沿いにずらりと並ぶ,漁船を1階に収納できる2階建ての「舟小屋」。古本屋の写真集の中で目にしたその光景に,畔柳昭雄さんは強く心惹かれました。水と親しみ共存する「親水」という考え方が浸透し始めた80年代終わりのことです。その後,カンボジアや香港で水上生活を営む人々の生活スタイルや建築物を,長年調べてきました。「私たち人間にとっての環境は,やはり都市です。都市における水辺の役割とは何か,その調査をもとにまちづくりをしたいのです」と話します。
都市に住む人の心は,水辺へ向かう
人と水辺の関係を知るために,まず全国9都市27地区の人口密度と空間利用の関連性を調査しました。その当時1 km²あたり約3万人が住んでいた品川区には,住宅用建物が密集し,水辺などの社会的空間は5%もありませんでした。さらに,人口密度と親水行動の関連性を調べてみたところ,人口密度が高い地域の人ほど,噴水や川へ行こうとする「親水行動」を取る傾向にありました。そして調査の結果,より流れがある川のほうに解放感を感じることがわかってきたのです。「多少汚れていても流れる水のほうが,視覚に刺激を与え心地よく感じるもの。つまり,五感が働くような水辺環境が大事なのです」。そして,こうした調査結果を実際のまちづくりに活かすことが,次なる挑戦となります。
夢は海上都市!
その先に,海上都市をつくりたいというのが,畔柳さんの夢です。現在,都市を浮かせる技術はすでに確立していますが,問題は,人々の水に対する意識。水辺はいやしの空間であると同時に,水難事故などリスクが大きい場所でもあるからです。それには,これまで行ってきた人々の意識調査や建築物の構造の研究で解決できると考えています。海上で営む都市生活は,人口が増加した未来の地球では当たり前の光景になるかもしれません。これからまちを歩くとき,水の音に耳を傾け,水辺に視線を移してみましょう。私たちは水と,さらに親しくなれるかもしれないのですから。(文・林慧太)
畔柳 昭雄(くろやなぎ あきお)プロフィール:
日本大学理工学部海洋建築工学科教授。1981年日本大学大学院理工学研究科建築学専攻博士課程修了。2001年より現職。人間と水のかかわりについて,アジアを中心に水上生活の文化や建築物の現地調査を幅広く行っている。著作に,『海水浴と日本人』(中央公論新社)などがある。