自らの武器で異分野にも光を|深瀬 浩一

自らの武器で異分野にも光を|深瀬 浩一

大阪大学大学院 理学研究科 教授

くだものやお菓子に含まれる甘い成分「糖」。からだの中では,糖分子が枝分かれしながらつながった,「糖鎖」が,細胞間の認識や免疫機能など,重要な働きを担っている。植物のからだを支えるセルロースや,カニの甲羅を構成するキチンも,糖からできている。糖は,生体内の万能選手なのだ。

複雑な構造,多様な役割

「糖鎖」とひと言にいっても,それを構成している糖分子の数は2~数万個にのぼるといわれ,組み合わせ方は数え切れないほどある。また,枝分かれしてさらに複雑な構造になり,周囲の物質といろいろな相互作用をする。そのため,これを研究,合成するのは非常に難しいのだ。大阪大学の深瀬浩一さんは「有機化学合成」を専門とし,糖鎖を合成するノウハウを持つ。それを活用し,糖鎖の構造と機能の関係について研究を行っている。いま注目しているのは,細胞ががん化すると起こる,細胞膜の表面にある糖鎖構造の変化だ。

糖の可能性を探る,新たな研究手法

なぜ糖鎖構造が変化するのか。からだを守る免疫細胞ががん細胞を発見しやすくするための目印なのか,がん細胞が免疫細胞から身を守るために変化しているのか,それとも,がん化することで偶然変化したのか……。その3つの可能性を調べるために,深瀬さんは「PET(陽電子断層撮影)」技術を導入することにした。細胞ががん化すると出現する糖鎖の一部分に,放射線を出す目印をつけ,からだの中での動きを追う。これまで知られていなかった,からだの中での糖鎖の機能を見つけ出すために,有機化学合成の手法が活かされている。

トップクラスであれ

「化学者」の視点から生命科学の研究を進める深瀬さんは,他分野の研究室との共同研究の必要性を感じている。自分たちは,高い有機合成技術を基盤にした新しい実験手法や概念を持ち込み,ディスカッションを行う。逆に相手からは自分たちが持っていない,生命科学の実験手法や概念を提供してもらう。そこで重要なのは,お互いがトップクラスであること。「提供できる知識や技術がトップレベルであればこそ,お互いに新しい発見があるはずです」。「有機化学合成」という異分野であることを武器にして,生命科学で大きな力を発揮する。さらなるブレイクスルーは,高い志と相互理解から日々紡ぎ出されるのだろう。(文・高田康穂)

深瀬 浩一(ふかせ こういち)プロフィール:

1987年,大阪大学理学研究科有機化学専攻修了。理学博士。2004年より現職。糖質化合物の合成,生体イメージングの研究を行っている。

取材協力:大阪大学大学院グローバルCOEプログラム生命環境化学グローバル教育研究拠点