超音波が未知の可能性を揺り動かす|三浦 光

超音波が未知の可能性を揺り動かす|三浦 光

日本大学 理工学部 電気工学科 教授

アルミ合金板にかざした手を左右に動かすと,細い糸が指に絡み付いてくるような,ふしぎな感触があった。この正体は,「超音波」。三浦光さんは,これまでにない超音波の新しい使い方に挑戦している。

板の震えが空気中を走る

超音波とは,周波数が約20 kHz以上の人間の耳には聞こえない音のことだ。これまでの超音波は,深海探査や建物内部診断のように,液体や固体中で使われることが多かった。空気中では,超音波はしだいに弱まってしまうからである。そこで,三浦さんの研究室では,空気中に強力な超音波を発生させる装置をつくり出した。その秘密は,振動板にある。ギターの弦1本ごとに音の高さが決まっているように,1枚の板の振動にも決まった周波数がある。効率よく空気中に超音波を出すためには,どんな厚さや大きさ,素材がいいのか。三浦さんたちは,緻密な計算と実験を何度もくり返した。完成した装置から発せられた超音波は方向が一定のため,強力なまま遠くまで伝わる。その音圧は160 dB(ジェット機の騒音の10倍)にものぼるというからおどろきだ。

においもはじき飛ばすパワー

距離の計測以外に超音波の可能性を見つけようと三浦さんが挑戦しているのは「におい消し」だ。振動板の上に水を注ぐと,振動で霧が発生する。超音波が空気中に漂うにおい分子を振動させ,分子と霧の粒子がぶつかりやすくする一方で,分子を捉えた霧粒子は水滴になり,回収されるというしくみだ。他にも,冷凍マグロを解凍したり,ものを乾燥させるのに使ったりと,音を「パワー」として使う斬新な研究成果をいくつも発表してきた。どれも,音とはおよそ結びつかない,ふしぎでおもしろいアイデアばかりだ。「“これがある”ではなくて,“これで何ができるかな”が私のスタンス。空気中の超音波には,これからの分野を開拓する楽しさがある。次は何をしようか,いつもわくわくしていますよ」。その姿勢が,研究成果の意外性からもうかがえる。

削って測って,自分だけの音に挑戦

そんな三浦さんは,研究室の学生にも同じ態度で指導をする。「うまくいくかどうかわからなくても,まず“やってみて”ほしい」。これまで,よりよい空気中超音波発生装置をつくり出すために学生たちが試作した振動板は100枚を超える。彼らをつき動かすのは,未知の領域で自分の考えを試そうとする意欲だ。(文・楠木千尋)

三浦 光(みうら ひかる)プロフィール:

1981年,日本大学大学院理工学研究科電気工学専攻を修了。工学博士。2007年より現職。空気中における超音波の利用法を研究している。