これであなたも映画スター?|森島 繁生

これであなたも映画スター?|森島 繁生

早稲田大学 先進理工学部 応用物理学科 教授

ある日,あなたは1枚のチケットを手に映画館に入ります。重厚なドアの向こうに広がるスクリーンの前に座ると,やがて辺りが暗くなり上映スタート。そこに登場した人物は,なんと自分自身。そう,これはあなたが主人公になれる映画なのです。

二次元から三次元への1.2秒間

じつは,映画館の通路を進む途中,頭のてっぺんからつま先までが撮影されていました。この技術を実現したのが,早稲田大学の森島繁生さん。2005年,愛知万博で初めて披露されたCG映画『グランオデッセイ』では,デジタルカメラ7台とプロジェクタ2台を使って,3分間かけて顔をスキャンしモデル化していましたが,今は正面写真1枚だけで観客の三次元CGモデルをつくり出すことができるというのです。そのしくみは,正面画像から89個の特徴点を選び出し,立体的な顔の凹凸に関する1000人もの顔データベースを構築。その中から,スキャンした顔の特徴点に類似した人を複数選び出し,顔データを組み合わせるというもの。最後に,本人の顔のテクスチャを被せると,三次元CGモデルが完成します。それまでは,1から三次元化するためのデータ処理にどうしても時間がかかっていましたが,データベースを活用することで,なんとたったの1.2秒でできるようになったのです。精度も高く,特徴点どうしの距離は,本物と比べて平均2 mmの誤差しかありません。「しかし,生身に比べるとデジタルではどうも感動が薄くなるという問題点もあるんだ。どうしたら人を感動させられるのか,それがずっと僕の課題なんです」と,森島さんはこっそり教えてくれました。

感動の定義を決めよう

そこで,動画投稿サイト「ニコニコ動画」を利用して感動に必要な要素を見つけ出す研究を始めたのです。動画に,再生時間と同期したコメントを自由に書き込める「アノテーション」機能を利用して,書き込み数に比例して盛り上がり(感動)値を判断。そのときのシーンやスペクトル,フラッシュなどさまざまなパラメータを測定していきます。これに,映像とは切り離せない関係にある音楽の要素も付け加え,大量の書き込みがあったときに流れていた音楽のテンポや波長なども測定します。こうしたデータを解析し,統計的に「感動する」要素を導き出そうというのです。ゆくゆくは,音階と歌詞を入力するだけで人間の声をもとに歌声を合成できる技術「ボーカロイド」のように,誰にでも自由に使えて感動させられる,プロ仕様の映像編集ソフトをつくりたいと話します。「クラスのみんなが映像をつくって上映するなんてことも可能になるかもしれない。ひとりでゲームをするよりも大勢で共有したほうが,ずっと感動は大きくなるし,おもしろいよね」。使い方ひとつで感動の広がり方もまったく違うのでしょう。

21世紀の新・映画館

映像を通して感動を効果的に伝えられる技術が実現したとき,あなたはどこまで本物にそっくりな自分を,大きなスクリーンで見たいと思いますか?自分の容姿になんらかのコンプレックスを持っている人もいるでしょう。「技術を発展させるだけではダメなんですよね。エンターテイメントでなければいけない。人が不快と感じる境目はどこか,許容範囲を見極めつつプロの役者に見せることが求められるのです」。たとえば,本人の声を認識して台詞を言わせるところでは,声の高さ,大きさ,速さなどの韻律情報とイントネーションはプロの声データベースから取得し,そこに本人の声質を組み合わせます。顔もベースは本人ですが,表情の付け方とメイクはプロ仕様にするなどの工夫が必要になるでしょう。21世紀になり,技術が高精度化し,これまでイメージしかできなかったものが次々と実際に「見える」ようになると考えられます。想像力を働かせてイメージする隙がなくなるかもしれません。そんな未来が訪れたとき,あなたはどんなことになら胸をときめかせ,ワクワクできるのでしょうか。人を感動させることを追求する森島さんの研究は,未来のエンターテイメントの定義を再構築していきます。(文・孟芊芊)

森島 繁生(もりしま しげお)プロフィール:

早稲田大学先進理工学部応用物理学科 教授。1987年,東京大学大学院電子工学専門課程修了。工学博士。2004年より現職。コンピュータグラフィックス,音声情報処理の研究をしている。

http://www.mlab.phys.waseda.ac.jp/