海底から湧き上がる水が教えてくれる、地球の姿|土岐 知弘

海底から湧き上がる水が教えてくれる、地球の姿|土岐 知弘

琉球大学 理学部 海洋自然科学科 助教

海が青いのは,青色が最も水に吸収されにくい波長を持ち,水中の深くまで光が届くためです。水深200mまで潜ると,光はしだいに届かなくなります。ここが,深海の入り口。1000mを過ぎたところから暗黒の世界が始まり,6000mも進むと,終着点である海底にたどりつきます。では,そのさらに下にはどんな世界が広がっているのでしょうか。

ふたつの湧水

約30年前,海底から2種類の水が湧き出していることが,地球上の別々の場所でそれぞれ発見されました。ひとつは,熱水が勢いよく温泉のように噴き出す「熱水噴出孔」。これは,プレートが新しく誕生する中央海嶺に沿って,世界中のあちらこちらで発見されています。もうひとつは,海水との温度差がほとんどない水が静かに湧き出す「冷湧水域」。こちらは,日本海溝などのプレートが沈み込む場所で見つかっています。琉球大学の土岐知弘さんは,温度も起源も違う2つの湧水を化学的に調べることで,地球の内部で何が起こっているのかを探っています。

命を誕生させた!?熱水

海底地層の亀裂から地殻内へ浸み込んだ海水は,マグマによって400℃近くまで熱せられます。そのため,地殻内の岩石やマグマから金属,メタンや硫化水素が溶け出し,酸素をほとんど含まない化学組成を持つ熱水となります。これが熱水噴出孔から海中に出ていくのです。いわば,海中の温泉源。近年,この熱水中からメタンをつくるメタン菌が発見されました。遺伝子解析の結果,地球上に誕生した「生命の祖先」ではないかと考えられているのです。現在の地球と違い,40億年前の地球にはほとんど酸素が存在しませんでした。メタン菌は,水素と二酸化炭素を栄養にして生き,逆に酸素がある場所では生きられないという特徴を持ちます。そのため,メタン菌は原始的な地球に生まれ,やがて地殻内の熱水へと身を潜めたのではないかと考えられています。土岐さんは,さまざまな熱水噴出孔におけるメタン菌の存在を確認するために,熱水の化学構成を調べました。メタンを構成する炭素原子Cは,質量数12と13の2つの安定同位体を持ちます。 生き物は12Cを優先的に代謝に使うため,生成物には12Cがより多く含まれるのです。熱水中のメタンの炭素同位体の構成比が,メタン菌の存在の有無を知ることになります。調査の結果,マリアナ諸島の付近にある熱水噴出孔では,水素濃度が非常に低いにもかかわらずメタン菌が存在することがわかったのです。どうして,水素を必要とするメタン菌がここに生息するのか,地殻の中の謎はますます深まります。

ここ掘れワンワン,冷湧水

熱水の場合は温度が高いため,周りの海水との温度差により密度の違いが生じ,ゆらゆらとした動きとして確認できます。しかし,冷湧水は肉眼で確認することができません。そのため,冷湧水の化学成分を目当てに集まる生き物を見つける必要があります。冷湧水は,海洋プレートが大陸プレートの下に沈み込む場所にとどまる堆積物にしみ込んだ海水が,再びプレートが移動したときの圧力により,断層面に沿ってしぼり出されたもの。その化学成分から,どれぐらいの深さから湧き出しているのかを知ることができます。たとえば,リチウムやホウ素は,温度が上がるほどより水に溶けます。海底を1 kmずつ下がると,場所によって異なりますが水温が平均50℃上昇するため ,地殻内のどの深度を経てきたのかを知ることができます。これにより,冷湧水域の地殻構造や変動の情報を得ることもできると,土岐さんは考えています。また,日本近郊の海底には,低温と高圧力によりメタンから生成された,メタンハイドレードと呼ばれるエネルギー資源があります。日本が資源大国になる可能性を秘めるメタンハイドレードの埋蔵場所を探すのにも,冷湧水の化学成分の情報が役に立つのです。

くすぐられる探究心

年に2,3回サンプリングをし,ときには潜水艇で深海を探査するという土岐さん。「地球上最後のフロンティアである深海。今はまだそのほんのわずかしか見ることができていません。地球科学の研究者としてのモチベーションは,『地球のすべてを知りたい』という知的好奇心にあるのです」と,言います。海底に眠る未知の世界は,研究者の探求心をくすぐり続けて止まないのです。(文・上野裕子)

土岐 知弘(とき ともひろ)プロフィール:

琉球大学 理学部 海洋自然科学科 助教。2004年,北海道大学大学院理学研究科修了。東京大学海洋研究所,高知大学海洋コア総合研究センターを経て,2006年琉球大学理学部海洋自然学科助手となる。2007年より現職。博士(理学)。

http://www.cc.u-ryukyu.ac.jp/~toki/index.html