泥の中から生まれる、陸から海への贈りもの|豊原 治彦
京都大学大学院 農学研究科 応用生物科学専攻 海洋生物生産学 豊原 治彦准教授
引き潮のときにだけ海岸に姿を現す,浅い海の底。川と海の境目に位置し,砂や泥が積み重ってできる干潟は,シジミやカニなどさまざまな生き物が棲む場所です。近年,潮干狩りスポットとして知られる生き物の楽園の,新たな一面が見えてきました。
植物の行方を探せ
干潟には,葉っぱや枝が絶えず川から流れ込んできます。しかし,それらはとどまることなく,いつの間にか姿を消しています。いったいどこへいったのでしょうか。京都大学の豊原治彦さんは,干潟に住むヤマトシジミが,植物を分解する酵素「セルラーゼ」を持つことを突き止めました。セルラーゼは,植物細胞の細胞壁をつくるセルロースを分解し,生物のエネルギー源となるブドウ糖をつくります。こうした生産物は海に流れ出していき,プランクトンや魚の栄養になります。干潟の生き物は,海の生き物たちにとって大切な存在なのです。
中にも外にも酵素がいっぱい
さらに調べていくうちに,おどろくべき事実を発見しました。干潟の泥を,直径0.1 mm以下の編み目でできたふるいにかけ,抗生物質を投与して生き物を取り除いても,セルラーゼの活性が残っていたのです。このことから,セルラーゼは生き物の体外にも分泌され,植物を分解していることがわかりました。「生き物が栄養を取り込みやすいよう,からだの外でも消化をしているのかもしれません」。泥の中には,他にもさまざまな種類の酵素が分泌されていると,豊原さんは考えています。
干潟ごとに個性がある?
干潟を形成する泥自体にも秘密があります。泥は粘着性の高い粘土で構成されており,その土地の石の種類や混ざり方によってさまざまな性質を持っています。「酵素が粘土にくっつくことで,波が来ても干潟にとどまりやすくなります。粘土の違いによって,つきやすい酵素が違うかもしれません」。それにより,干潟ごとにどんな物質を分解しやすいかが変わるかもしれないのです。生き物と酵素と泥が形成する干潟は,陸と海をつなぐ,巨大な化学反応工場だったのです。今年の夏,干潟の新たな一面を見つけにでかけませんか。(文・奥山史)
豊原 治彦(とよはら はるひこ)プロフィール:
京都大学大学院 農学研究科 応用生物科学専攻 海洋生物生産学 准教授。1977年京都大学農学部卒業。引き続き同大学で水産化学を専攻し,1984年,農学博士となる。同研究科にて助手を経て,1998年より現職。