【産官学諤】激動する次世代シークエンス研究の今

「生命科学、医学に革命をもたらす」といわれ、ゲノムワイドな解析を強力に押し進めて来た、次世代シークエンサー(NGS)。一方で多くの研究者にとっては、興味はあるが利用にあたっての精神的なハードルが未だに高いというのが現状ではないだろうか。自ら次世代シークエンサーの実験系・解析系の立ち上げに関わり、その試行錯誤の中でNGSユーザーのコミュニティ「NGS現場の会」を立ち上げた慶應大学の八谷剛史氏の話から、現場での課題とこのプラットフォームの可能性が見えてきた。

八谷 剛史

八谷 剛史 氏(はちや つよし)
慶應義塾大学理工学研究科 特任助教。博士(理学)
2010年 慶應義塾大学理工学研究科 博士課程修了
2010年より現職
2010年10月に「NGS現場の会」を設立

 

NGS活用の肝はデータ解析にあり

「次世代シークエンスは、サンプル調製、シークエンス、データ解析の3つのステップで考えることができます。このうち、サンプル調製のためのプロトコルやキットの開発はかなり進んでいて十分なレベルにあると思います。また、機器自体もまだトラブルが起こることはありますが、当初と比べてかなり減ってきています。その意味でまだまだ課題が残っているのがデータ解析です」と八谷氏は話す。

現在発売されている各社のNGSは、登場した頃と比べるとスループットが向上し、得られる配列情報は今や数百Mbから大きいものでは数百Gbにもなる。illumina社やLife Technologies社(Applied Biosystems)のNGSのようにリード長の短いものはアセンブルが大変だろうと感覚的に理解できるが、リード長が長いRocheの454 FLXですら、解析内容によってはプログラムを一から組む必要があるという。

一方、ソフトウェアの整備によって利用を広げる動きも見られる。例えば卓上型で個別利用のユーザーをターゲットにしているillumina社のMiSeqは、これまでのNGSのノウハウを活かして特定の用途にあわせたアプリケーションの開発とユーザーへの提供を始めている。ウェットのユーザーにとっては、わかりやすいインターフェースで簡単に結果を手に入れられる環境はうれしいところだ。しかし、臨床でのSNPs解析など限定的な用途での活用に限定されてしまう。解析用のソフトウェアは揃ってきているので、実験のデザインと、それにあわせてどのようにアプリケーションを組み立てるかが重要だと八谷氏は指摘する。データ解析の精度を高め、マシンのスペックを最大限発揮するうえで、ウェットとドライの研究者が組み、ケースバイケースで最適なアプローチをとることが、基本的ではあるがやはり重要なポイントになってくるという。

 

ユーザーコミュニティの発足

もともとゲノム情報を扱うツール開発をしていた八谷氏がNGSを使うようになったきっかけは、2010年春、所属学科にillumina社のGene Analyzer IIxが導入されたことだった。専任のオペレータがいなかったため、研究室のメンバーで使えるものにするために試行錯誤を重ねてきた。悪戦苦闘の中、似た境遇の研究者が集まり、意見交換を行う中で2010年10月に立ち上がったのが「NGS現場の会」だ。「最初はメーリングリストでの情報交換で、こんな問題が起きたとか、アプリケーションのこのパラメーターをいじったらこういう結果が出たぞ、といった議論をしていました」。各所で起こっているトラブルや解決案、解析レポートなどを頻繁に交換した結果、コミュニティで膨大なノウハウを蓄積しているという。会の広がりは早く、1年ほどのうちにウェット、ドライのバックグランドを持ちNGSを活用した研究に携わる研究者が100名以上参加し、特定のトピックスをテーマにした研究会を開催するまでになっている。

会が活性化する一方で、ノウハウが経験知として各機関や各個人に蓄えられているため、初心者や会に参加したばかりの人がちょっとしたトラブルを解決しにくくなっていることもあるそうだ。「自分たちもはじめの頃はちょっとした質問のやり取りから始めていましたし、参加した人にどんどん質問を投げかけてほしいです。みなさん答えはたくさん持っているので、やり取りを繰り返す中でさらに会が活性するのではないかと思っています。また、2012年5月には第2回研究会を大々的に行う予定で、その研究会を情報収集やネットワーキングに役立てていただけたら嬉しいです」。

 

社会的価値を生み出しはじめた第二世代NGS

PacBio RSなどの第三世代シークエンサーも登場し始めているが、第二世代のポテンシャルの大きさを最近改めて実感していると八谷氏は語る。特に食品分野は応用の場として大きいのではないかと指摘する。「日本には納豆菌の親株が3種類存在するのですが、その1つのゲノムを解読しました。もともと納豆メーカーはにおいの少ない納豆など変異株をたくさん持っていて、phenotype解析が得意です。ただ遺伝子の解析はゲノムの一部について行っているだけで、多くは原因遺伝子がわかっていません。そこで、私たちと組んでゲノムを解析しようというプロジェクトが立ち上がりました」。製薬に目を向けてみると、いくつかの企業で患者から200 〜300個の遺伝子に関する情報を集め、薬剤の効能や副作用の有無との相関を調べようという動きも始まっているそうだ。

NGS現場の会のように膨大な経験知と解析能力を持つ人材を抱えるコミュニティと、新しくNGSを活用としている研究者のコラボレーションが活性化することで、そこから得られる果実はよりいっそう実りのあるものになるに違いない。

 

NGS現場の会ではNGS研究に関わる研究者の参加をお待ちしています

NGSに関わる大学・研究機関、民間企業の若手からシニアの研究者まで、ドライ、ウェットの隔たりなく100名以上の研究者が参加しています。