素材の料理人がつくる電池|菅野 了次

素材の料理人がつくる電池|菅野 了次

東京工業大学大学院 総合理工学研究科 菅野了次教授

約20 年前の携帯電話は,お弁当箱サイズ。今ではポケットに入る手のひらサイズになりました。その改良の歴史は,高性能化と小型化をくり返してきた電池の進化なしには語れません。そして今,新たなる歴史が刻まれようとしています。

進化のカギは電解質

現在,リチウムイオン電池が使われている電気自動車の限界走行距離は約200 km と,ガソリン車の半分程度です。性能向上のカギは,正極と負極の間を満たす「電解質」。現在は,可燃性の液体である有機溶媒が使われているため,安全性に課題が残ります。「全固体電池がこれらの課題を解決します」と,東京工業大学の菅野了次さんは言います。有機溶媒の代わりに固体材料を電解質に使うことで,可燃性が低くなるため安全になります。すると,大容量の電気を扱うことができ,さらに,これまで電池に内蔵されていた安全装置が必要なくなるので小型化も実現できるのです。

エネルギーの缶詰をつくる

電解質に何を選ぶか,研究のポイントは材料となる元素の性質を知ることです。菅野さんは元素の性質をもとに,反応の温度や圧力などの条件を吟味。その後,空気に触れないよう,希ガスで満たされたグローブボックスという装置の中で,試薬を混ぜ合わせます。その姿は,まるで食材を自由自在に扱うプロの料理人のよう。2011 年,リチウムと硫黄やゲルマニウムを混ぜることで,リチウムイオンが固体の中を液体よりも速く動く「超イオン伝導体」の開発に成功しました。単位時間当たりに流れる電流の大きさの目安となるイオン伝導率は従来の10 倍以上。「もっと2,3 倍の元素数があったらいいですけどね。限られた中で,いかに目的に合う性質を出す元素を組み合わせるかが,合成屋の腕の見せどころです」。

全固体電池は,大容量の電気を蓄積できるため,電気自動車に使うことで限界走行距離は500 km に伸びる可能性があります。携帯電話やパソコンのさらなる軽量化と薄型化も可能です。電池の進化は私たち
の生活をより快適にするでしょう。(文・勅使河原 直人)

菅野 了次(かんの りょうじ)プロフィール:
1980 年,大阪大学大学院理学研究科無機及び物理化学専攻課程修了。1985 年,理学博士となる。神戸大学理学部助教授を経て,2001 年より現職。
http://www.echem.titech.ac.jp/~kanno/index.html