マグマ発電大使、にっぽん|武藤 佳恭

マグマ発電大使、にっぽん|武藤 佳恭

慶應義塾大学 環境情報学部 環境情報学科 教授

朝,登校するときに吐く息が白くなる季節になりました。冬になると外気温が下がるため,自分の体温との差を感じるようになります。今,このような「温度差」が日本の発電のしくみを変えようとしています。

手のぬくもりにも使い道

手がけているのは,慶應義塾大学の武藤佳恭さん。今から190 年前,異なる2 種類の金属に温度差を与えると電圧が発生する現象が発見されました。これを応用してつくられる電子部品「ペルチェ素子」は,冷蔵庫やCPU クーラーなど私たちの身近なところで使われています。しかし,発電するには大きい温度差を必要としていました。そこで武藤さんは温度差が小さくてもいいように,内側が真空になっているヒートパイプをつなげて熱伝導率を上げ,プロペラを組み合わせた温度差発電機を完成させました。訪れる緊張の一瞬。手のひらでペルチェ素子の片方を包み込むように乗せると,1 秒……2 秒……プロペラがゆっくりと回り出しました。自分の体温で発電できる,世界初の発電機の誕生です。2007 年12 月,動画投稿サイト「YouTube」にアップロードしたところ,たちまち21 万回以上再生され世界中で話題となりました。

地下にあった日本の底力

そんな武藤さんは,コンピュータのセキュリティ分野の専門家。しかし,どんなに性能がよくなっても電源が入らないパソコンは使いものになりません。「ならばどこでも発電できるしくみをつくってやろう」と考えたのがきっかけでした。そして「温度差」はまさに自然界にあふれる現象なのです。次なる挑戦として,武藤さんはマグマや火山口の熱と大気温の差を利用する「マグマ発電」を実現させたいと言います。環太平洋火山帯の中でも最も火山活動が活発な日本列島には,約90 の火山と約28,000 の温泉源が分布しています。九州にある桜島の火山口だけでも,625 億kWh のエネルギーをつくり出せる計算になり,これは全5000万世帯の約4.5 か月分の電気量に相当します。

「日本は資源がない国だといわれていますが,そんなことはありません。われわれ研究者に求められるのは,いかに社会で使える科学技術を生み出すかなんですよ」と,力強く断言。日本は,世界に先駆けてマグマ発電をアピールできる国になるかもしれません。(文・孟 芊芊)

武藤 佳恭 (たけふじ よしやす)プロフィール:

1983 年,慶応義塾大学工学研究科博士課程修了。工学博士。米国南フロリダ大学,南キャロライナ大学,ケースウエスタンリザーブ大学で教員として勤務。世界初の携帯電話カメラ,お札鑑別機,セキュリティのドライバウエア,JR 東日本の床ゆか発電など多くの発明品を手がける。