チャンスは必ず巡ってくる、 それを掴み取れ!

チャンスは必ず巡ってくる、 それを掴み取れ!

 

日本に初めて金融工学という学問を導入し、研究施設「理財工学研究センター(CRAFT)」のセンター長を務めた今野浩さんは、こう口火を切った。モノづくりや情報に関する工学的アプローチは数多くあるが、金融業界への応用はまだまだ少ない。いち早く可能性を見出し、金融工学の第一人者となったエンジニアに、その成功の秘訣を問う。

 

新たな時代の金融ビジネス

従来の金融は、経験則に基づいていた。例えば、企業に融資するかどうかを最終的に決めるのは人間だ。過去のデータをもとに判断をするのだが、「大
企業は潰れない」や「東京の地価は下がらない」などの前提に左右されることも多い。近年の金融機関の破綻を見ると、こうした非合理的な方法では、
世界の金融機関と戦えない。そこで金融工学は、経験則でまかなわれていた部分を数式で理論的に処理し、リスクを数値化し客観的な判断を可能にする
ことで、結果的に効率よく企業に投資ができるようにする。実は、金融工学は30年前から欧米で導入され盛んに研究されてきた分野だったが、日本は大
きく遅れをとっていた。追い付くためには、日本が世界に誇る技術者の活躍が欠かせなかったのだ。

 

数式で世界を切り開く

「数学は人並み以上できたが、数学者になれるほどの才能もなかったんです」と、今野さんは大学時代を振り返る。

理学部には数学と物理の天才がたくさんいて、到底戦えない。閉所恐怖症だから鉱山学科は無理、などと悩んだあげく辿り着いたのが、応用物理学科の数理工学コースだった。そこでは数学的手法を用いて工学上の様々な問題を分析していたが、特に興味を持ったのは、最適化手法やシミュレーション技法に代表される科学的アプローチを使って、問題を解決する方法論、オペ―レーション・リサーチ(OR)という手法だった。今野さんは、ORをさらに勉強して博士号を取得し、最初は数理計画法の分野で研究に勤しんでいると、1984年、債券運用に関わる問題を数学的に解けないかという依頼を受ける。

当時、金融にまったく関心を持っていなかったが、その奇妙な数式を解くことに興味をそそられ、アルゴリズムを組み込んだソフトウェアを開発するが、日本では金融工学の概念がまだなく相手にされなかった。だがアメリカの学会で発表したところ、何人もの実務家から研究レポートが欲しいと依頼が殺到。後にそのアルゴリズムを解説する学術雑誌が公刊されると、多くの人に引用され、米国ノースカロライナ州の銀行でも使用された。これをきっかけに、日本でも金融工学の普及が必要だと考えるようになる。

 

チャンスを掴むことが大事

次の転機は1988年。ある国際シンポジウムを開催していた時、たまたま参加したセッションで行われた発表スライドの1枚に、今野さんが17年間ずっと考え続けていた数式を解く糸口があった。これがきっかけで、論文を立て続けに数本書きあげる。その年の終わりに、大型資産運用に関わる新しいリスク指標の求め方も発見し、金融工学に大きな業績を残すこととなった。研究者としての勢いはここから一気に加速。スタンフォード大学の友人らが、数理計画法を金融の分野に応用して成功したことを知ると、日本での金融工学の普及はいましかないと思い立ち、当時所属していたOR学会で「投資と金融のOR」研究会、応用数理学会で、「数理ファイナンス」研究会を立ち上げ、関連する研究プロジェクトを推し進める「理財工学研究センター」の所長を任されるなど、金融工学の発展に大きく寄与した。

 

知的体力と基本姿勢を身につけろ

「研究者の成功のうち、90%は運です。でも、チャンスは誰にでも訪れる。それにパクっと食らいつく、それが勝敗を分けるんです」。思えば、念願の博士号を取得するに至ったのも、大学院卒業後に勤めていた研究所が、たまたま留学制度を設けたからだった。「でもね、若いうちにどれだけ『これは分かった』という経験を積むかがとても大事です。ある分野についてひたすら勉強をすること」。これが、チャンスを物にする確率を上げるのだ。振り返ればスタンフォード大学に留学中、今野さんは講義、テストや宿題で勉強漬けの日々を送っていた。その基礎学習が、後の研究業績の土台となる。「古くから知られている知を体得していることが、新しい問題への突破口を見出すきっかけになることもたくさんあります。その突破口をもとに、ガリガリ研究を進めていく、そんな知的体力はとても大切です」。今野さんは自著書『工学部ヒラノ教授』に、エンジニア全員に通じる7つの法則を書き留めている。「決められた時間に遅れないこと、拙速を旨とすべきこと、一流の専門家になり仲間たちの信頼を勝ち取るべく努力すること」。その原点は、工学部の学生や研究者の日々の生活にある。例えば、忙しい同僚の貴重な時間を無駄にしないために、会議は定刻どおりに開始し、終了すること。そのどれもがとても基礎的で、どの分野においてもプロフェッショナルを目指す基本的姿勢だった。知的体力と7つの法則。巡ってくるチャンスを確実に掴むため、私たちができることは思ったよりもたくさんあるのだ。 (文 前田里美)

 

今野浩さん

東京工業大学名誉教授
1940年生まれ。東京大学工学部応用物理学科卒業、スタンフォード大学大学院オペレーションズ・リサー
チ学科博士課終了。Ph.D.、工学博士。筑波大学助教授、東京工業大学教授、中央大学教授等を経て、
現在東京工業大学名誉教授。著書に『「理工系離れ」が経済力を奪う』(日経