「なぜ?」自由に新しい考えを持ち込もう 松尾泰
休み時間や苦手な教科の授業中,時間を潰すためにシャーペンを分解した経験はありませんか?
それをきっかけにボタンをカチカチ押すだけで芯が出てくる不思議な仕組みを知ったひともいるのではないでしょうか?
世の中にはシャーペンどころかあらゆる物質を構成している分子や原子を分解したらなにが出てくるのかに興味を持ち,研究を行なっている研究者がいます。
東京大学理学部の松尾泰先生は素粒子と呼ばれる「物質をどんどん小さく分解していった時,それ以上分解できない最小のもの」について研究しています。
大きさゼロの点が集まって物質ができる
素粒子とは,原子や陽子を構成している成分で「大きさのない点である」と考えられています。
大きさがないものが集まって,どうして大きさのある物質ができるのでしょうか?
太陽系を例に説明したいと思います。
太陽系では太陽の周りを幾つもの惑星が回っています。
ここで仮に太陽や惑星の大きさがゼロの点であるとしても,「太陽系」は大きさを持っていることがわかると思います。
世の中の物質は,すべてこのような大きさゼロの素粒子が集まって構成されていると考えられています。
実際に電子やクォーク,ニュートリノ,光子といった様々な素粒子が発見されています。世の中のあらゆる物理現象の根底には「電磁気力」「弱い力」「強い力」「重力」と呼ばれる4つの力がありますが,この素粒子の存在をもとにした「素粒子論」によって,重力を除く3つの力を矛盾なく説明できるようになりました。
すべての物理現象を共通の理論で説明したい
~ひも理論の誕生~
一方で有名なアインシュタインの一般相対性理論は「重力」に関わるまったく異なる理論体系で,素粒子論ではどうしても説明できないことが出てきてしまいます。
しかし,すべての物理現象をひとつの理論で説明したいと考える物理学者によって,「ひも理論」と呼ばれる考え方が生まれました。
ひも理論とは,素粒子は「点」ではなく「ひも」であるという考え方です。
光子やニュートリノといった素粒子の違いはひもの振動の仕方の違いであると説明できます。
また,ひもが輪ゴムのように「閉じた」状態になると重力の素となり,これによって4つの力をすべて説明できるとされています。
新しい概念であるひも理論だからこそ,新しい考えを自由に持ち込んで挑戦できる
私は数学や流体力学から生まれた考えをひも理論に応用しています。
その例の一つが孤立波の研究に関連するものです。昔、ラッセルという人が細長い水路に沿って伝わる波が何キロも上流まで形を変えずに伝わっていく様子を発見し、粒子のように消えない波という意味でソリトンと名づけました。
私はひも理論の研究を始めた頃より、このアイディアの応用を考えて、ひも理論の基礎的な研究に役に立つ概念に育てていきました。
現在でも、このアイディアはいろいろ形を変えてひも理論の研究に現れています。
与えられた事実を受け止めるだけでなく,「なぜ」と考えて欲しい
松尾先生は大学に入った頃,外国人が書いた物理の本を読み,書かれている数式の背後にある物理的な描写が素晴らしく,夢があり,インスピレーションを感じたそうです。
それから物理をやりたいと思うようになり,また,数学も得意だったので,「物」ありきの物理分野ではなく,自由な発想で研究できそうな素粒子に興味を持ったと言います。
高校生のみなさんは理科の授業で様々な事実を勉強すると思いますが,「なぜ」そうなっているのかを考えてほしいとおっしゃっています。
「教科書には当然のように書かれている事実が発見される前はどのように考えられていたのか,どのように発見されたのか,そしてその科学の先にはどういうものがあるのかを想像してほしいと思います。
例えば,ファラデーの法則はどのようにして発見されたのでしょうか?教科書以外の本も読み,考えることを楽しんでほしいと思います。」
東京大学理学部物理学科准教授