「経験」と「理論」を武器に 西脇 正明
機械工学系に進む多くの学生が興味を抱く自動車の世界。
西脇先生は、自動車業界のトップ企業に成長したトヨタ自動車において33年間、研究開発に携わった。
活躍の場を企業から大学へと移した現在も、自動車のブレーキが持つ永遠の課題に挑み続ける。
ブレーキにおける永遠の命題
自動車の安全性能向上のためには、ブレーキの効き性能を向上させることが不可欠だ。
しかしながら、ブレーキは乾性摩擦を利用しているため、効き性能が向上するほど、摩擦振動が起きる可能性も高まり、振動による騒音という問題を発生させることにつながってしまう。
過去、ディスクブレーキの改良や材料の改善などを通じ、ブレーキの効き性能は着実に進化を続けてきた。
しかし、効き性能が高まると摩擦振動が増加するため、それらの低減技術がより重要な課題として研究者の前に立ちふさがるのだ。
自動車のブレーキは、車輪と一緒に回転する「ディスクロータ」と呼ばれる円板があり、それにパットを押し付けることで摩擦を発生させて速度を落とす。
摩擦力は、パットを押し付けたときの荷重に比例して大きくなり、その比例定数は摩擦係数と呼ばれる。
「今のブレーキの効き性能は、僕が会社に入った30年くらい
前のものに比べて3割くらい上がっています。
燃費のことを考えると車体を軽量化しないといけないのだけど、直径を小さくして軽くすると摩擦力の作用点が円板の中心寄りになって、制動トルクが小さくなります。
だから、摩擦力を同じにするためには摩擦係数をもっと上げないといけない。
でも摩擦係数を上げると摩擦振動の問題が大きくなるのです。
そうすると、摩擦係数を上げても使えるように改良する。
そして、また軽量化のくり返し。
だから、結局エンドレスってことね。だからこそおもしろいのですよ」。
ブレーキのことを話し始めると、やわらかな笑顔がこぼれる。
職人の技と理論の融合
西脇先生がトヨタ自動車に入社した1970年代、ブレーキノイズの発生原因の解明は十分に進んでおらず、性能を維持しつつノイズを改善する技術開発が課題となっていた。
入社して最初の業務は、販売した自動車のブレーキに関する不具合解消。
原因はわからないまま、とにかく現場に足を運び、経験と勘で修理の対処をする日々が続いた。
「職人さんが持っている技ってすごいんですよ。
でも、数式になってないから設計者は図面に反映することができない。
職人さんの勘や経験を数式に持っていくことができたら、すばらしい設計法になるんです。
僕は泥臭い現場の仕事をそういうところへ結び付けたいと思い、自分の経験をベースとしたモデル構築に挑戦したいと思うようになりました」。
そんなタイミングで、これまでのブレーキノイズを説明する理論とは違った切り口の論文が発表された。
その論文を参考文献に研究を進めた西脇先生は、実際のブレーキをモデル化し、いくつもの理論式を導き出すことに成功。
そこからさまざまな改良方法を世界に先駆けて開発し、実用化した。その後も、経験と理論の2つを武器に、世界初の高周波数の振動モード計測やパルスレーザーESPIの計測技術確立など、ブレーキノイズの研究に大きく貢献し、2008年には日本機械学会賞(技術功績)を受賞した。
学問は進化するもの
西脇先生が帝京大学に着任したのは2009年4月。
1年間で研究の準備を少しずつ整え、2010年度からは8名の学生を受け入れる。
トヨタ時代に培ってきた経験を活かしたブレーキノイズの研究や車両の操縦安定性や乗り心地の研究をテーマとし、将来的にはロケットなどにも興味があるという。
「僕は企業出身だから、純粋に大学でずっとやってきた人と違うことができる。
自分だからできることをやりたいし、学生たちにも伝えたいと思っています」。
大学時代、勉強が好きになったのはひとりの先生との出会いがきっかけだった。
どんなにできが悪くても決して馬鹿にすることなく、わからなければわかるまで教えてくれる先生だった。
わからないことは恥ずかしいことじゃないということを教えてくれたのだという。
だからこそ、自分自身も学生に謙虚でありたいと願う。「学生たちに教えたいのは、先生は何もやってくれない、一緒にやろうってこと。
やっぱり人間ってね、物理とか自然現象の前では謙虚でないといけない。
自分だってどこまでわかっているかわからない。
完璧なものなんてない、みんな進化の途中。学問ってそういうものでしょ」。
今日の授業はうまくできなかった…と頭をかく西脇先生も、これから学生と一緒に進化していく。
*西脇教授は2017年3月に定年退職されています