高潮を解析して沿岸部を守れ 村上 智一
伊勢湾台風をご存知だろうか。
昭和34年に日本を襲った観測史上最大の台風は犠牲者5,098人・負傷者38,921人という甚大な被害をもたらした。
台風による高潮は、沿岸部を襲い、大きな被害をもたらす。
研究者が貢献出来る事について防災科学技術研究所の村上智一さんに聞いてみた。
「もしこうだったら、どうなるのだろう」を解き明かす
もし東京湾や伊勢湾に伊勢湾台風クラスの台風が来たら沿岸部はどうなるのか。
数理モデルを組み、コンピュータ・シミュレーションによって沿岸部に押し寄せる高潮の高さを導き出す、これが村上さんの現在のミッションだ。
「例えば伊勢湾台風。最悪の被害を出したと言われる台風ですが、進路が違ったらどうなるだろうか。
最悪の事態を引き起こす通過ルートが他にあるのではないか」。
研究結果では、あるコースをたどった時に発生する高潮は5.6mとなり、実際の伊勢湾台風の時に起こった日本の観測史上最大の高潮3.5mの1.6倍になることがわかっている。
三種の神器を使いこなせ
現在の研究では結果を導き出す為に、海洋モデル・気象モデル・波浪モデルという三つの数理モデルを組み合わせる。
そうすることによって、精度の高いデータとなるからだ。
「今計算できるのは高潮がどの程度の高さに達する可能性があるのかという所まで。
今進めている研究では、この高潮によって沿岸部から内陸にどの程度浸水するのかについての答えを探っています。
これによって、実際に沿岸部の住居等にどの程度の被害になるのかがわかります。
住民の方の一番の関心は,自分の地域で高潮による浸水被害が発生するのか。そこに貢献したい。」
注釈:
台風の性質
台風は、海面からの水蒸気によるエネルギーにより大きくなる。一方山脈にぶつかることで減衰していく。高潮の性質
高潮は水深が低いほど、高くなる。
シミュレーションで東京湾に伊勢湾台風をぶつけてみると
東京湾は、細長い湾だ。ここを台風がエネルギーを維持しながら北上するとなると、海の部分に沿って北上することになる。
一方で、台風の威力は台風の右側が強いことがわかっている。
東京湾に最大限のパワーで台風が上陸すると、高潮自体は最大化されないという事が導き出されている。
しかし、その数値をもって考えてみると現在の堤防では足りないということもわかってきた。
シミュレーションを複雑にする課題
今わからない事は大きく分けて2つ。一つは台風の3次元構造。もう一つが風と熱の交換条件だ。台風を詳細に解析する事が出来ると、シミュレーション精度が一気に向上する。現在では、進路予測しか出来ない状況だが、将来的には24時間後の台風の威力も計算できるようになるだろう。
風と熱の交換というのは、例えば波しぶきによって海上の気温がどうなるのか。そういった事が究極的にはわからない。水滴一つ一つまでをシミュレーションするにはコンピュータの処理速度がまだまだ圧倒的に足りないのだという。
スパコン開発がニュースになることの多い昨今だが、それでもまだまだなのだ。解析スピードが圧倒的に向上した未来なら、リアルタイムにシミュレーション処理を行い、短期的な被害予測を出すことも出来るようになるのだ。
取材後、村上さんは西表島に台風のデータを取る為の観測装置を設置しに行くと話していた。数値モデルに実測値を加えて更なる精度向上を目指す。
実際に測定するというのは、想像以上に難しいらしい。船で台風直下に行って測定と言うことは、現実的には出来ない。つまり、台風の進路を予測し、そこに仕掛けを落としていくのだが、これも簡単に飛んでいってしまう。
*網取湾からGPSを漂流させた時の、シミュレーション結果がこれ。後半、流れが早くなるところが、台風が到着した時の流れを示している。
精度の高い結果を導き出すことが出来れば、沿岸に作る堤防の高さが最適化出来る。最大値がわかれば、安全且つコストの低い安全策を敷くことが可能になるのだ。研究結果が現場にいかされる日が心待ちにされている。
村上智一研究員からのメッセージ
関連論文
- 温暖化による台風強大化に伴う東京湾での最大級高潮と波浪の時空間分布(土木学会論文集 B2(海岸工学)Vol. 67,No. 2,2011,I_396-I_400)
- 暖化シナリオ A1B の下で今世紀末に予想される 最大級台風による伊勢湾全域の高潮・高波(土木学会論文集 B2(海岸工学)Vol. 67,No. 2,2011,I_406-I_410)
- 大気-海洋-波浪結合モデルを用いた可能最大級台風による東京湾の高潮予測(土木学会論文集 B3(海洋開発) Vol.67,No.2,2011)
- 現在気候の下での最大級台風による伊勢湾の可能最大高潮(土木学会論文集 B3(海洋開発) Vol.67,No.2,2011)