フローの合成プロセスの強力な触媒、H-Cube®の登場

フローの合成プロセスの強力な触媒、H-Cube®の登場

望んだ反応をいかに効率よく進行させるかは、合成に取組む人にとっては大きな関心事のひとつだろう。接触還元やクロスカップリングを強力に後押しする装置、H-Cube®は関心を形にする可能性を持つ。不均一系触媒の新規機能開発を中心に研究を進める岐阜薬科大学の佐治木弘尚氏の話から、その一端が垣間見えた。

p10-11_h-cube

転機となった反応阻害

1995年に岐阜薬科大学に着任する前は、MRI用の造影剤を開発しているアメリカのメタシン社(後のEPIXPharmaceuticals)でメディシナルケミストとして活躍していた。「アメリカでの経験が大きなターニングポイントになっています」と当時を振り返る。

2005年に欧米で上市した造影剤の製造に関わっていた時のことだった。製造過程で造影剤の前駆体となる化合物中のベンジルエーテルを水素化分解する必要が出てきた。だが、どうしても切れない。たくさん合成している前駆体をいかに切るか、頭を悩ませた。MRI用の造影剤なので、ガドリニウムを配位させる構造の化合物(リガンド)をデザインしていたのだが、その構造に問題解決の糸口があった。3つのアミノ基と、それぞれのアミノ基の間を2つの炭素がつないでいる特徴的な構造(すなわちジエチレントリアミン)の中のアミノ基に触媒のパラジウムがトラップされ、タイトな五員環構造を形成し(図1)、パラジウムが電子リッチな状態になって反応を阻害していたのだ。この問題は酸を反応系に加えることで解決。この経験が、触媒毒をうまくコントロールして反応系に加えれば、触媒活性を殺さずに適度に選択的な接触還元を不均一系で進められるという副産物の着想を佐治木氏に与えた。

p10-11_fig1

 

新たな出会い

日本に戻りまず確認したのが、Pd/C(パラジウム/炭素)触媒による接触還元系へのエチレンジアミンの効果だ。アメリカでの経験からのアイデアが正しければ、Pd/C触媒の活性がコントロールされ、ベンジルエーテルの水素化分解が選択的に阻害されるはず。結果は予想通り。選択的な阻害が見られた※1。これ以降、合成効率の高い合成プロセスの開発に邁進することになる。この成果は、Pd/C-エチレンジアミン複合体触媒として市販され、それに続き、知見を活かした数々の官能基選択的触媒を世に出してきた※2

触媒毒を利用した合成プロセス開発でひとつのブレークスルーを起こした佐治木氏の研究は、2011年に新しい局面を迎える。フロー式水素化反応装置H-Cubeとの出会いだ。温度、圧、流速を自在にコントロールできるH-Cubeをみて、この装置は使えそうだとピンときた。その後、H-Cubeの可能性に情熱を燃やす製造元のThalesNano社のゾルト氏が佐治木研を訪れ、H-Cubeを使った接触還元の系統的なデータ収集に協力して欲しいと熱い提案が持ちかけられる。いよいよ次のフェーズが始まろうとしていた。

 

いい意味での予想外

H-Cubeに装着するカラムは3cm程度。通常のHPLC用のカラムと比べれば、ずいぶんと短い。ゾルト氏の説明はあったものの、触媒カラムを1回通しただけでは反応は完了しないだろうと予想していた。しかし、この考えはいい意味で裏切られることになる。芳香族ハライド、芳香族ベンゼン、Pd/C、さらに炭酸ナトリウムを混ぜるバッチの反応系で、鈴木-宮浦クロスカップリングを実現していた佐治木氏は、H-Cubeで同じことを試した。すると、この反応が見事触媒カラムを1回通過させるだけの1パスで完了したのだ。1パスにかかる時間は、流速1ml/minで20分。バッチ法では3~6時間ほどかけていたものが非常に短時間で実現できた。

「微粉末の触媒を使用した場合、フローで圧をかけるとカラムが目詰まりを起こすことが多いのですが、全然目詰まりが起きないことに驚きました。カラムの充填方法は企業秘密ということなのですが、この方法が確立している点がすばらしいです」と、カラムの性能に高い評価を寄せる。また、300mm×D420mm×H280mmという小型ながら100気圧まで容易に加圧できる点は、立体障害等で反応が行きにくい基質の反応に大きなメリットを感じるという。

 

小さな系と膨らむ夢

水素ガスを流しながらの接触還元では、強い接触還元触媒としてPd/C、弱い接触還元触媒として佐治木研で開発したPd/BN(ボロンナイトライド)、Pd/モレキュラーシーブを試し、20日あまりですでに系統的なデータが集まっているそうだ。弱い接触還元でもフローにすることで活性が大きく上がってしまうので、どのようにそこをコントロールするかが腕の見せ所と楽しそうに佐治木氏は語る。「温度、圧、流速、溶媒、触媒、そして私たちが15年以上取組んできた活性をコントロールする触媒毒(添加物)、この6つをうまく組み合わせれば、H-Cubeのコンパクトなカートリッジで工業的に実用性がある合成プロセスを実現できると考えています」。佐治木氏たちとH-Cubeのコラボレーションで生まれて来る次世代の合成プロセスから目が離せない。

 

※1 SajikiH.TetrahedronLett.,36,3465-3468(1995)
※2 岐阜薬科大学創薬化学大講座薬品化学研究室HP参照(http://www.gifu-pu.ac.jp/lab/yakuhin/research.html)

p10-11_fig2

佐治木弘尚(さじきひろなお)氏
1986年、岐阜薬科大学大学院博士後期課程中退。1989年岐阜薬科大学研究生となり博士号取得(薬学博士)。1990年米国ニューヨーク州立大学オルバニー校博士研究員(F.M.Hauser教授)。1991年米国マサチューセッツ工科大学博士研究員(正宗悟教授)、1992年米国メタシン社(後のEPIXPharmaceuticals社)グループリーダー。1995年帰国。岐阜薬科大学助手、講師、助教授を経て、2006年より同大学創薬化学大講座薬品化学研究室教授。

写真右奥が佐治木氏。写真は左奥がH-Cubeを利用した合成プロセスの確立を佐治木氏と進める門口泰也准教授、右手前が修士課程1年の井田孝さん、左手前が学部4年の坪根綾さん。他のメンバーもあわせると総勢26名で新規の合成プロセスの研究が進んでいる。写真中央の佐治木氏と門口氏の間にある小さい装置がH-Cube。

 

●H-Cube®に関するお問い合わせ
株式会社池田理化
[所在地]〒101-0044東京都千代田区鍛冶町1-8-6神田KSビル
[TEL]03-5256-1811(代表)
[FAX]03-5256-1818(代表) ※お問い合わせの電話、FAXは営業企画部商品開発グループ宛へ
[URL]http://www.ikedarika.co.jp/product/pickup/h-cube/

●本記事に関するお問い合わせ
http://www.ikedarika.co.jp/inquiry/