「おいしい」は脳がくれるごほうび 志村 剛

「おいしい」は脳がくれるごほうび 志村 剛

一番好きな食べ物は?お母さんがつくってくれるとんかつ?それとも、学校帰りのジャンクフード?思い出しただけで笑顔になるそのおいしさは、よく考えてみるとちょっと不思議な感覚です。なぜなら、味は同じでも、個人によっても、空腹の状態や、食品への印象によっても変わってしまうからです。

協力:志村 剛(しむら つよし) 大阪大学大学院 人間科学研究科 行動生理学研究分野 教授 1980 年大阪大学大学院人間科学研究科 博士後期課程単位取得後退学。学術博 士。大阪大学人間科学部助手、米ペン シルベニア州立大学医学部研究員など を経て、1995 年より大阪大学人間科学 部専任講師、2007 年より現職。

協力:志村 剛(しむら つよし) 大阪大学大学院 人間科学研究科 行動生理学研究分野 教授
1980 年大阪大学大学院人間科学研究科 博士後期課程単位取得後退学。学術博 士。大阪大学人間科学部助手、米ペン シルベニア州立大学医学部研究員など を経て、1995 年より大阪大学人間科学 部専任講師、2007 年より現職。

「おいしい!」そのとき脳は。 食べ物が口に入ると、その味はどのようにしてみさいぼう脳へ伝わり処理されるのでしょうか。
舌の味細胞が化学物質を受け取ると、その刺激は電気信号に変換され、まず鼻の高さあたりに位置する「延髄」へ行き、そこから左右両側に分かれて伝わっていきます。
次に、目の高さあたりにある味覚の中継部位「視床味覚野」へ、さらに額の高さあたりまで上って大脳新皮質の「皮質味覚野」へ伝わり、ここで味の種類や強さを認識します。
この情報が、両目の後ろにある「扁桃体」へ伝わります。
ここで、過去の経験と照らし合わせてよいと判断されるものや、生理的に取り込む必要があると判断されると、摂取を促す報酬として、エンドルフィンなど「快」を感じさせる物質が放出され、はじめて脳はその食べ物を「好き」と感じるのです。
この「好き」が「おいしい」の正体です。

生きるために必要なおいしさ

脳がつくる「おいしい」は、「生きるための原動力」と志村剛さんは言います。
からだが求める、エネルギーとしての糖分、細胞活動や体液浸透圧の維持に重要な塩分は、好ましい食品のマーカーとなり、摂取を促しています。
逆に、植物毒に多いアルカロイドという物質を示す苦味や、腐敗した食品に多く含まれる乳酸を示す酸味は、好ましくない食品のマーカーになっているため、脳は摂取を避けようとします。
しかし、これら生来備わっている味覚の好みは、経験や学習によって変化します。
特に、「好き」「嫌い」を判断する「味覚嫌悪学習」は、生存率向上に不可欠なため、1回の経験で強力に固定されるという特徴があるのです。

好きなものも、嫌いになる

カニューレ(医療用のチューブ)を用いて               薬を脳に投与している様子。

カニューレ(医療用のチューブ)を用いて薬を脳に投与している様子。

「小さい頃に食べ過ぎて嘔吐して以来、食べられなくなった」という話を聞くことがあります。
味細胞で感じる「味」は同じなのに、なぜこのようなことが起こるのでしょうか。
それは、脳の中では過去の経験や生理的必要性から「好き「」嫌い」の判断が切り替えられているからです。
志村さんは、記憶を司る扁桃体の働きに注目し、脳の中の「好き」「嫌い」のスイッチのしくみをラットの脳を使って調べています。
ラットが「好き」と感じる、砂糖のように甘い味のするサッカリンを溶かした水を20分間与えると13g程度摂取します。
その後、腹痛を起こすような化学物質を注射して、不快感を経験させると、2日後にサッカリン水を与えても3g程度しか飲まないようになります。
サッカリンの刺激を「嫌い」と感じるように「条件づけ」されてしまったのです。
ところが、同じ条件づけをしたラットに、扁桃体で情報を伝える役目をしている神経伝達物質GABAの働きを阻害する薬剤を与えると、10g程度のサッカリン水を摂取するようになりました。
つまり、扁桃体で起こる情報伝達が、「嫌い」のスイッチを入れるために必要であることがわかったのです。

「おいしい」の意味を考えよう

生き物はもともと、適切な栄養を摂取するしくみを持っています。
しかし、飽食の時代と呼ばれる昨今、ストレスからくる肥満や偏食、拒食などの問題も生まれており、志村先生はそれらを脳科学の視点から解明していきたいと考えています。
また、テレビCMや、ニュースなどで得る食品へのイメージが、「好き」や「嫌い」に影響を与えていることもあるかもしれません。
脳がつくる「おいしい」は生きるために必要なシグナル。
おいしく食べることは、健康に生きることそのものなのです。(文・伊地知聡)