生き物のチカラで世界を変える「抗体医薬」
ウイルスや微生物などの病原体に感染すると、私たちのからだはさまざまな病気にかかってしまいます。しかし、「免疫系」というからだを守るしくみが、病原体と戦っています。こういった生き物のからだのしくみは、現在、新しい医薬品づくりに応用されてきているのです。
生き物のしくみを薬づくりに活かす
からだの中に侵入してきた外敵を排除するためには、「抗体」という小さな物質の働きが非常に重要です。
「抗体」は、免疫グロブリンと呼ばれるタンパク質。
ちょうどアルファベットの「Y」のかたちをしています。
病原体の毒素や感染するのに必要な部分などにくっついて、その部分を覆いかくすことで、からだの中で悪さをするのを防ぐのです。
抗体には、決まった相手(抗原)にしかくっつかない「特異性」という性質があります。
これを利用し、人工的に作製したさまざまな抗体を研究に用いるようになり、医療の世界でも盛んに使われるようになりました。
近年は、感染症の予防に用いるワクチンだけでなく、病原体に対する「薬としての抗体」の開発に多くの製薬会社が力を入れており、がんやアレルギーなどの病気に応用する研究も進められています。
この「抗体医薬」には、普通の薬と比べて、ターゲットに対する特異性が高い、副作用が少ない、からだの中で効果を発揮する時間が長い、といったメリットがあります。
協和発酵キリン株式会社(当時は協和発酵工業株式会社)の「ポテリジェント(POTELLIGENT®)」という技術は、抗体の効きをよくしようと開発されました。
救世主は、偶然現れた
抗体は、抗原にくっついてさまざまな働きをしています。そのひとつに、抗体依存性細胞障害(AntibodyDependentCellularCytotoxicity;ADCC)があります。
「敵」に抗体がくっつくと、それを合図に免疫系で働くほかの細胞が呼び寄せられ、その抗体がくっついている敵を攻撃します。じつは、抗体にある工夫をすることで、このADCC効果を大いに高めることができるのです。その工夫こそがポテリジェント技術です。
Y字のかたちをしている抗体の構造で、ADCCの際などに免疫系の味方の細胞にくっついて信号を送るために重要なのが、1本だけ長いFcと呼ばれる軸の部分です。
このFcの中心部には糖が存在しているのですが、「フコース」という糖を少なくした抗体は、通常の抗体に比べてADCC効果が大いにアップしたのです。
フコースが少なくなったことで、Fc部分と味方の細胞とのくっつき方が変化し、ADCC効果が変化したということが、後に証明されました。
この事実は、研究チームのメンバーが日々研究を行うなか、偶然発見されたのだといいます。
研究所では、人工的に培養した細胞に抗体をつくらせ、その効果を、サルを使って調べていました。
ある細胞でつくった抗体はよく効いたのですが、あまり生産量が多くありませんでした。
そこで、同じ種類の抗体を別の生産細胞でつくったところ、抗体の効きが突然悪くなってしまったのです。
研究チームは非常に驚き、2つの抗体を構成するアミノ酸配列の違いを調べましたが、違いは見つかりませんでした。
そのとき、社内に優秀な糖の解析チームがいたことから、「何かわかるかもしれない」と分析を頼んでみたところ、フコースの量に違いが見つかったのです。
その後、人工的にフコースを少なくするポテリジェント技術が確立され、それを応用した抗体の臨床開発が多数進展しています。
2012年5月には、ポテリジェント技術が盛り込まれた世界で初めての抗体医薬品ポテリジオ®が市場に登場しました。
バイオ研究で未来が拓ける
いま、地球上に生息している生物の種類は500万を超えるといわれていますが、私たちがこれまで出会ったことがあるのは、その中の約175万種だけです。
そして、自分たちヒトという生き物についても、まだまだわからないことだらけ。
しかし、からだを守るしくみから新しい医薬品が生まれるなど、生き物にはさまざまな可能生が秘められています。
生き物について研究する「バイオ研究」は、これからも、私たちの未来を変えていくのでしょう。
東北バイオ教育プロジェクト、始動!
Producedby協和発酵キリン株式会社
協和発酵キリンでは、宮城、福島、岩手の3県の高校において、今後のバイオ産業を担う次世代を育成する「東北バイオ教育プロジェクト」をスタートします。
高校生が自ら研究テーマを考え、実験計画を立て、結果から考察を導き出す、本格的な研究活動を実践したい学校を支援します。
[参考文献]『抗体物語』(リバネス出版)井上浄ほか 著,協和発酵工業株式会社 監修