加工技術で世界に先駆ける 日野 裕

加工技術で世界に先駆ける 日野 裕

すっきりと片付けられた広い机。 背の高い本棚には、ぎっしりと専門書が並んでいる。 学生とのゼミも行うという研究室でにこやかな笑顔とともに迎えてくれた日野先生は、大学から未来の技術者が育つことを願っている。

将来を見据えて選んだハニカム材

日野裕 ひのひろし 1984年、宇都宮大学大学院工学研究科機械工学専攻を修了。(株)シャープにて半導体開発に従事。1989年より帝京大学理工学部に勤務。現在に至る。

日野裕 ひのひろし
1984年、宇都宮大学大学院工学研究科機械工学専攻を修了。(株)シャープにて半導体開発に従事。1989年より帝京大学理工学部に勤務。現在に至る。

日野先生の研究室では、アルミハニカム材の「曲げ加工」について研究を行っている。
「ハニカム」構造とは、ハチの巣のように薄い壁の正六角形がすきまなく並べられている状態。
それが板状になっているものをハニカム材という。
同じ体積の金属板と比べ、正六角形の穴が開いている分、軽くなる。
飛行機の翼や胴体の部分などに用いられているのだが、そのように滑らかなカーブを持ったハニカム材をつくりたい場合、最初からそのカーブに合わせてつくる。
しかし、自動車のボディのようにもっと大きく複雑な加工が必要な際には、まっすぐなハニカム材を目的のかたちに曲げることが必要だった。
ところが、ただ単に力をかけて一気にぎゅっと曲げてしまうと、一部分だけへこんだり歪んだりして、きれいに曲がらない。
それを簡単に効率よく、低コストでできるように曲げ加工の条件を検討しているのだ。
数年前、最初にこの研究に取りかかった学生がまずやったのは、機械にかけてアルミハニカム材を押しつぶしてみること。
まずはどのようにつぶれていくかを見てみようと考えたのだ。
その結果、ハニカムの六角形を構成している薄いアルミ壁の高さと薄さの関係によって、つぶれ方が違ってくるということがわかった。

日野先生の研究材料、ハニカム材。

日野先生の研究材料、ハニカム材。

「ハニカム材そのものは古くからある材料であるため、力学的な考察はある程度でき上がっているんですが」と専門書のページをめくりながら話を続ける。
「それは、大きくぐにゃっと曲げてしまうとか、ぺしゃんこにしてしまうとか、そういう大きな変形については想定されてなかったようなんです」。
そのため、加工の条件をシミュレーションしようにも、使える力学モデルというのがまずない。
そのため、現在は実際にやってみてデータを集めている段階だ。 最近、燃費や使い勝手などの向上のため、より軽量な材料を使おうという動きがあるが、コストの関係もあって自動車のボディなどにハニカム材が使われている例はない。
しかし、将来ハニカム材がその材料の候補に上がった場合、日本だけがそういう加工技術の指針を持っていれば、世界に先駆けて利用することができる。
「ちょうど、ハイブリッド車で日本が世界を先駆けたように」。
だから、ハニカム材が加工できるという事実とその方法を示しておきたいのだ。

技術者を育てる

日野裕 ひのひろし 1984年、宇都宮大学大学院工学研究科機械工学専攻を修了。(株)シャープにて半導体開発に従事。1989年より帝京大学理工学部に勤務。現在に至る。「中小企業の方たちが苦労しているんです。
すごい技術があるんですけど、なかなか世間様に評価されない」。
以前、新聞記事でパラボラアンテナのカーブをきれいに曲げて出すなど深絞りのような技術やオリンピックの砲丸投げで使う砲丸をつくる技術など、日本の技術者が紹介されているのを見てうれしく思ったという。 砲丸は、鉄のかたまりを丸く削り出してつくる。
外国製のものは機械で削り出しているのだが、金属は完全に均一ではないため、日本では職人がひとつひとつ手作業で行っているのだという。
球の重心がどこにあるか、職人は加工しながらそれを知ることができるため、少しずつ調整して球の真ん中に重心がある砲丸をつくることができるのだ。
日本製の砲丸が、最もよく飛ぶのだという。
オリンピックのときに日本製のものを十数個会場に送ったら、各国の選手が気に入って持ち帰ってしまい、ひとつも残らなかったそうだ。
「そういうふうなものづくりに、ちょっと元気になってほしいな、という気持ちがあります」。
技術力のある人間を育てるのには、かなりの時間を要する。
その割にはあまり評価されていないという現状を変え、この分野に参加する人たちを増やしたいと考えている。

大学の仕事は「地図を描く」こと

アルミハニカム材に着目した理由は、「まだ世間から注目されていないから」。
ただ、単純に世間で注目されたら大学では研究しない、と いうわけではなさそうだ。
大学と企業での研究には、ある程度棲み分けがあると日野先生は考えている。
「大学の研究者がやるのは、企業の方と競り合うっていうことではないと思います。
強いて言うなら大まかな地図を描くような作業ですね。
その地図をもとにお宝を探しに行くっていうのが、企業の人の責任です」。
ある材料の加工方法を開発すること、それで生じた問題点と解決策を明らかすること。
これを学会や論文で発表しておけば、後は、企業の人がそういう知識が必要になった場合にそれを使うことができる。
日本の機械系の企業がいつでも利用できるような知識を大学でたくさん蓄えて、日本の国力を高めるような方向にもっていくことが目標だ。
近い将来、日野先生の研究室からも研究成果が示された「宝の地図」が生まれるだろう。