アイデアをかたちに変える 増井 浩昭
他の先生と模型飛行機の飛ばし合いや、授業の中で紙飛行機の飛行コンテストまでやっている増井先生。もともとの専門は鉄の加工の研究だ。興味を持ったことをとことん追究しながら、新しいものを生み出してきた。
世界に通用する製品
鉄は、自動車、鉄道、飛行機といった乗り物以外に、身の回りのさまざまなところに使われている。
使用する目的に合わせて鉄の加工方法も変わる。
よく聞くステンレスの場合は、鉄と一緒に別の金属を混ぜることで錆びにくくしている。
また、熱のかけ方によっても強度ややわらかさが変化してくる。
このように、鉄を製造するときは、添加物や熱といったいろいろな要素をうまくコントロールして、異なる性質を持った製品をつくり出している。
自動車で鉄を加工する際には、2つの要素が求められる。ひとつは、軽度の衝突ではへこまないかたさを持っていること。
もうひとつは、加工しやすいやわらかさを持っていること。
車の加工では、車のかたちをした型を鉄材に押し付け、普段見たことがあるあの車のかたちをつくる。
このとき、かたすぎると、かたちにならずに折れたり、割れたりしてしまう。逆に、やわらかいと大きな力をかけたときに鉄材がうまく変形させられる。
まったく逆のことに思える要素が合わさったときに、よい鉄材ができ上がるのだ。
増井先生が会社に入ったのは、今からおよそ40年前。
この当時、自動車産業が右肩上がりで鉄の需要が非常に高くなっていた。
また、アメリカで衝突してもへこまない鉄の規格ができた時代。
新しい鉄材が求められていた。
入社するとすぐに、「薄板」と呼ばれる自動車のボディーに使われる鉄材の開発チームに加わった。
そこで、よい鉄材を求める挑戦が始まった。
機能性の鉄材をつくるためには、他の金属や化学物質などの添加物を加える。
増井先生は同僚と2人で100近い添加物を試してみた。
毎日50kgもある鋼を車から運び出し、釜の中で溶かす日々が続いた。
添加物の種類や、鉄材を加工する温度を変えてみるといった努力もした。
こうしてでき上がったのが、「リン添加高強度冷延鋼板」だ。
鉄材の中に、植物の3大栄養素の窒素、リン、カリウムで知られる、あのリンを混ぜて加工した鉄材。
かたさとやわらかさを備えたこの鉄材は、今でも車に利用される名品だ。これを5年間という限られた時間の中でつくり上げた。
格子のかたちを予測する職人の目
鉄は、鉄原子という約0.3nm(1nmは10億分の1m)の粒子がたくさん並んでできている。
この並び方には規則性があり、並び方の最小単位を結晶格子という。
四角いブロックをたくさんつないだかたまりが鉄だとすると、ひとつひとつのブロックが結晶格子になる。
この格子のかたちによって鉄の性質が変わり、よい素材になったり悪い素材になったりする。
1996年に帝京大学に移ってきた増井先生が始めたのは、鉄の加工過程のシミュレーションだ。
特に、鉄材の格子の変化と鉄材の性能の関係を予測するコンピュータプログラムの開発に取り組み始めた。
2年かけて学生とともに開発したプログラムは日本経済新聞の技術欄のトップで紹介され、前の勤め先だった製鉄会社の技術系の人が大騒ぎするほどの反響があった。
増井先生はこのプログラムを「MPG理論」と名付けた。
また、このときすでに、新聞の中でこのプログラムが他の金属にも使えると予想していた。
数年後、この予想は見事的中していることが明らかとなる。
的中した結果は、2008年にアメリカのセラミックス協会が出す論文集に載った。
同じ論文集に、食塩の結晶塑性に関する論文も載った。
この論文集にひとりの研究者から複数の論文が同時に載ることはめったにない。
特に、このとき日本人で2件載ったのは増井先生だけ。
鉄をはじめとする金属に関わり続けてきた目の確かさが証明された瞬間だ。
課題を持って考える
今、増井先生の研究室では、格子のシミュレーション以外に、飛行機が飛ぶときの風の流れをシミュレーションする研究も行っている。
この研究は、増井先生が航空宇宙工学科に移ったときにゼロから勉強を始めた。
まったく別の分野の研究だが、新しい発見がありとてもおもしろいと笑顔で語る。
日常的なことで興味のあることを出発点にして、何が起こっているかを考えるために勉強する。
そこでわかったことが日常のどこに役立てられるかを考える。
役立てたいことがわかれば、それが自分のやりたいことに変わることもある。
「きっかけは何でもいいから、自分が好きだと思うことに打ち込んでほしい」と増井先生は語る。
学生の配属にも、増井先生らしさが表れる。
現在の学生は、ナノが3名に対して、機体周りの風の流れが7名だ。
先生のアドバイスで後者にテーマを変更する学生もいる。
金属の研究を続けてきた増井先生の経歴から考えると、意外かもしれない。
しかし、この選択に「課題を持って考える」という考えが表れている。
学生の多くは、就職を考えている。学生が何をしたいか、その進路に合ったテーマについてアドバイスする。
自分がやりたいと思ったことを楽しんできた増井先生の経験が、研究室に息づいている。