ターゲットは、あなたの心です 仲谷善雄

ターゲットは、あなたの心です 仲谷善雄

情報理工学部 情報コミュニケーション学科 仲谷善雄 教授

2011年3月11日,東日本大震災で首都圏の交通網は完全に停止し,大勢の人が何時間も歩いて帰り,また,駅で夜を明かしました。非常時の避難行動だけでなく,朝の通勤ラッシュや観光客の動き方など,限定された状況における人間の心理や行動は,ある程度推測することができます。仲谷先生は,人間心理を科学的に理解し,支援するための挑戦を続けています。

仲谷先生

みんなの心理が行列を生む

仲谷先生は大学を卒業して以来,「防災」をキーワードに研究を続けてきました。特に力を入れてきたのが観光客の避難です。「普通は防災って,住民の避難が中心なんですよ。観光客を対象にしているのは,世界でおそらく僕だけじゃないかな」。慣れない観光地で被災すると,帰るべき家も頼れる知人もいない観光客は,住民とは違った行動をとります。彼らはとにかく自宅に帰ろうとして,駅に向かい,道路に大変な混雑が起きるのです。仲谷先生はこの「人の動き」をシミュレートするソフトウェアをつくりました。ひとりひとりがどの程度の速度で歩けるのか,道の幅によってそれがどう変わるか,周りに人がたくさんいたときにはどう行動するのかを計算するのです。京都を舞台にしてシミュレートしたところ,駅に向かって10 km以上の長蛇の列ができるという結果を導き出しました。「それを避けるために避難のタイミングをずらしたり,一部の集団を途中の広場で待機させたりして,結果的に一番早く避難できる方法を考えるんです」。

楽しさを支援する,地図がないナビ

ひとりひとりの心理状態にも興味を持つ仲谷先生は,現在は「楽しさ」を支援するシステムの開発も行っています。そのひとつが「地図を見せない観光ナビ」。最近,スマートフォンなどを使って,どこでも地図やナビ画面を見られるようになっています。そのせいか,「観光地に行っても,画面ばっかり見ながら目的のスポットに向かってしまう。本来は移動途中がおもしろいはずですよね」。そこでひらめいたのが,「地図を隠そう」というアイデアでした。手元の画面を見ても周辺の詳細な情報がわからなければ,私たちは自然と周りを見回しながら歩くことになります。「たとえば,航空写真と,途中の目印になる場所の写真だけを画面に表示します。それも,道の反対側から撮った写真とか,昔の写真とか。それでも目印を探しながら,結構目的地までたどりつけるんですよね」。
実際に,プロトタイプをスマートフォンに入れて学生が評価を行ったところ,普通に歩く速度67 m/分に比べ,地図がないナビの場合には20 m/分と,明らかに遅い移動をする部分があったことがGPSでの追跡でわかりました。利用者へのヒアリングからは,移動が遅くなっているときには,思いがけない位置から寺が見えることを発見したり,まちの景色やポスターを写真に撮ったりと,目的地までの道のりを楽しんでいることがわかったのです。詳細な地図が見えないために,新規ルートを開拓したり,途中で立ち止まったりと,偶然を楽しむ状況をつくれたのです。先生はこの他にも,自分の周囲100 mの地図が見えないナビや,道路をまったく見えなくしたナビを提案しています。

心の内を科学する

「ただ,こういう分野は効果を適切に評価するのが難しく,研究者仲間でも議論になります」。人間の心理は,ものや音響,記憶や状況によってさまざまに変化するもの。それをいかに測定するか,「意識とか価値とか感覚とか,なかなか数字で表せないものをどう科学的に評価するか。まさに今チャレンジをしているところです」。たとえば,唾液の分泌量を測ることでストレスを測ったり,何かを選択するのにかかった時間から「迷い」を測ったりと,心理状態を測定する方法から考えようとしているのです。
「とにかく人の行動を観察し,話を聞きながら新しいアイデアを考えています。これまで見落とされてきたニーズを発掘し,こうしたら支援できるはずだと仮説を立てて,具体的なシステムとしてつくり上げる。システムの有効性が仮説の検証になるのです」。人の心理という巨大な謎を科学的に解き明かし,支援を行うため,仲谷先生はこれからも新しい方法を生み出していきます。