生命現象の担い手「タンパク質」をまるごと調べる 早野俊哉

生命現象の担い手「タンパク質」をまるごと調べる 早野俊哉

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生命科学部 生命医科学科 早野俊哉 教授

生き物や生命現象について総合的に研究する生命科学において,これからの重要なターゲットはタンパク質だと,早野先生は話します。「偶然かもしれませんが,今それを研究する立場にいることを非常に幸せに思っています」。

早野先生

遺伝子だけじゃ,わからない

生き物の設計図であるDNA。その塩基配列をすべて解読する「ゲノムプロジェクト」によって,さまざまな生き物が持つ遺伝子の数が明らかになってきました。ここで研究者をおどろかせたのは,ヒトの遺伝子数は約22,000しかなかったことでした。14,000~18,000の遺伝子を持つ線虫やショウジョウバエと,予想していたほどの差がなかったのです。それなのに私たちヒトがこんなにも複雑にできているのは,DNAの配列からは読み取ることのできないタンパク質の働きが生き物の複雑さを決めているからだと考えられるようになりました。そんな背景から,細胞や個体に存在する数多くのタンパク質が「いつ」,「どこで」,「どれだけの量」働くのか,またそれぞれのタンパク質が他のどのようなタンパク質と関わりを持ちながら働くのかを明らかにする「プロテオミクス」という研究分野が生まれました。

ひとつのエラーが大きな病気を引き起こす

細胞内では,いろいろなタンパク質が集まり複合体を形成して働いています。そのなかで,あるタンパク質にエラーが起こると,複合体をうまくつくれなくなり,結果として病気を引き起こす可能性があるのです。「DNAを調べれば,“どんなタンパク質がつくられるのか”がわかります。ですが,そのタンパク質が“どう働くのか”は実際にタンパク質自体を調べてみないとわかりません。プロテオミクスでは,どのタンパク質がどんな複合体をつくって働いているのかを徹底的に調べて情報を蓄積していきます。この研究分野が発展すれば,病気の原因解明や治療法の開発につながる重要な成果を上げることができ,医科学分野が急速に進歩するでしょう」。
早野先生の研究が発症のしくみを明らかにした病気に,「トリーチャー・コリンズ症候群」があります。上あごの形成異常を伴う遺伝病で,TCOF1という遺伝子に傷がつくのが原因だということだけはわかっていましたが,なぜたったひとつのエラーが病態を引き起こすのかが解明されていませんでした。そこで早野先生は,その遺伝子からつくられるタンパク質「treacle」が,どのような働きを担っているのかを調べました。すると,treacleが細胞内のタンパク質をつくり出す工場であるリボソームを合成する際に必要なことがわかったのです。リボソームの合成には,200種類を超える多くの因子が関わると考えられています。treacleはリボソームの材料となるタンパク質などと結合して核小体(細胞内のリボソーム合成の主要な場所)へと輸送する働きを持ち,リボソーム合成の手助けを行っていたのです。トリーチャー・コリンズ症候群の患者さんでは,本来の働きをもつtreacleをつくることができないため,私たちヒトの発生過程で上あごがかたち作られる特定の時期に十分な量のリボソームを合成できなくなります。それにより,上あごの形成に関わるタンパク質の生産がうまくいかずに病気が発症するのです。

毎日くり返す研究活動の中に,突然差し込む光

「病気の原因を解明することで,研究成果を社会に還元したい」と話す早野先生。以前,企業で免疫抑制剤(臓器移植の際に引き起こされる拒絶反応を抑える薬)の研究をする機会がありました。当時,腎臓移植はドナーが亡くなった直後にしか移植することができませんでした。しかし,新しく開発された免疫抑制剤のおかげで,亡くなってしばらく経ったドナーからの移植が可能になったのです。「基礎研究での優れた成果が病気の新しい治療法や診断法の開発につながることで,世界中で何十万人,何百万人もの命が救われる可能性が生まれます。それが基礎研究の重要なところだと思います」。
早野先生が大切にしているのは,ノーベル賞を2回受賞した偉大な生化学者フレデリック・サンガーから,学生時代に受け取ったメッセージ。「研究は,日々のくり返し作業です。毎日似たようなことを忍耐強くくり返すなかで,ある日突然新たな発見に出会います。それは,これまでの人類の歴史の中で誰ひとり知り得なかったことを自分の手で見つける“エキサイティングな”瞬間です。一見地味にも見える毎日の研究活動中に,突然差し込む光を浴びる。そのときに得られる感動こそが,研究者という仕事の醍醐味です」。