生命と疾患を捉える化学物質を探す 今村信孝
薬学部 薬学科 今村信孝 教授
「目には見えない微生物でも,つくり出す化学物質には必ず生命現象にとって意味があるはずです」。そう考える今村先生は,土壌や水中にいる微生物から新たな薬になりうる物質を探し出し,それを使って生命現象を解明しようと研究を行っています。
22万分の1の宝探し
私たち人類と病気との戦いは,数百年前から尽きることなく続いています。現在までに開発された医薬品の成分は3,000種類以上。それでも,治療法が確立されていない病気は全体の4分の3も残っているといわれています。そのため,今も大学や企業の研究者たちは,新しい薬を生み出そうと日々研究を続けているのです。
今村先生の研究も,新しい薬をつくるためのもの。そもそも薬の成分となる物質を見つけるには,いくつかの方法があります。たとえば,最近注目されているもので,病気の原因となるタンパク質の構造を解析して,それにぴったりとくっついて働きを邪魔したり,正常な状態に戻したりする物質を設計する方法。他には,昔から行われているもので,自然界から生物がつくる化学物質を数多く採取して,効果を示すものを探し出す方法などがあります。後者の方法は,全体の99%は未発見とされる微生物たちの中から宝探しをするようなもの。実際,過去に自身も発見に関わった「イベルメクチン」という抗寄生虫薬は,製薬企業が22万株もの微生物の中から見つけ出したものだといいます。
力技を超えるアイデアを出そう
「大学では,企業ほどお金をかけられないですからね。アイデアと工夫が大事です」と言う今村先生が注目しているのが「ミズカビ」です。この生き物は水中で魚の死体などに白い綿毛のように生え,養殖場などでは弱った魚に病害を起こす困り者。「これがなぜかわからないけど,他の生き物と比べてさまざまな化学物質に敏感で,死にやすいんです」。その性質を利用し,自然界に無数に存在する化学物質の中から,生命現象に影響を与える物質を探し出すステップを効率化しています。
実験は,まず土壌や水のサンプルを寒天でできた培地に薄く塗り,微生物を培養することから始めます。すると環境中に生息していたさまざまな微生物が増えてくるので,そこからひとつひとつの微生物を分離してさらに培養。それを溶かして抽出液をつくり,ミズカビに投与して反応を調べます。もし死んだり,何か変化が起こったりすれば,その微生物がミズカビに対して何か活性を持つ成分をつくっているということ。抽出液をさまざまな方法で精製,解析し,原因の化学物質を突き止めるのです。「ミズカビに効果がある化学物質を集めていけば,何らかの病気に対する薬として使えるものが出てくるはずです」。感受性の高い生物を使うことで,今まで見過ごされてきたものも含めて,新しい有用化学物質のカタログをつくる。それを製薬企業に提供することで,薬づくりを加速しようとしています。
学生とともに興味を追う
このミズカビ,じつはもともと藻類で,葉緑体を失った生き物だといいます。「特殊な感受性は,そういった特異な生物種であることと関連しているかもしれません」。薬づくりだけでなく,今村先生の興味はミズカビ自身の生命現象にも及んでいます。新しく見つかった化学物質が,ミズカビの細胞内で起こるどんな反応に効果を示すのかを詳しく調べていくことで,このふしぎな生き物の生命現象そのものを探っていけるのではないか。そう考えて,化学物質と生命現象との関連を追っているのです。
卒業研究で入ってきた学生にはまず2か月間勉強させるというのが今村流のトレーニング。「自分が興味を持つ部分を探して,どうしたら研究テーマになるかを考えてもらいます」。研究室には,常に斬新な実験をする学生がいます。「学生の失敗でおもしろい結果が出ると,すぐに一緒になって計画を変更しちゃうんです」。興味に誘われるままに生物が持つ謎を解き明かしていきたい,と微笑む今村先生は,廊下ですれ違うたびに学生から声をかけられる気さくなリーダーとして,今日も研究を進めています。