分子を知り機能を知る 大和田智彦
タンパク質-タンパク質、タンパク質-リガンドの相互作用部位にはまり込むことで生理活性を抑制、亢進するのが薬としての化合物の主な働きだというのは、今では当たり前のことになっている。
明治時代から天然物をはじめとした化合物の機能と作用の研究を続けてきた歴史を持つ東京大学薬学部薬化学教室は、物理化学的・生物的な機能を明らかにするためのその時代の最先端の手法を駆使し、対象分子の核心に迫ってきた。
自らも実験をしながらリアルな研究を実践し、教授として研究を牽引する大和田智彦氏にお話を伺うことができた。
薬学研究の歴史とともに
薬化学教室ができたのは、明治23年。東京大学医学部の直接の前身である第一大学区医学校に予科2年本科3年の製薬学科が明治6年(1873年)に設置され、近代の薬学教育研究が始まり、ようやく薬学系の人材が輩出され始めた頃だ。
製薬学科が学制改革にともない医科大学薬学科へと変わり、その中に初めて設置された3つの講座のひとつが薬化学教室(現、東京大学薬学系研究科薬化学教室)だった。
初代の教授を務めた長井長義博士は咳止め薬の成分として現在でも利用されているアルカロイドの一種であるエフェドリンを麻黄から分離しただけでなく、構造解析、合成法に至るまで研究手法を確立した。以来、天然物化学を中心に研究が続いていくことになる。
その中で、電子論の導入、生物活性試験を指標とした生理活性物質のスクリーニングと、それぞれの時代の薬学研究で先進的な理論や研究手法を導入し続けてきた。この分子の機能を様々な科学的な角度から明らかにしていく姿勢は、現在に至るまで同教室で連綿と受け継がれるコアを成している。
反応理論から生命科学の研究まで
「研究室(薬化学教室)の中では生物活性物質の研究をやっているメンバーもいましたが、私はずっと反応ばかりやっていました。いつか生物との接点を持つような研究をやりたいという憧れはあるものの、当時は生物に関わる研究には別のセンスが必要だと思って近づけなかった」。
この言葉通り、大和田氏はこれまで反応分子の発見をメインに研究を行ってきた。現在中心的な研究テーマのひとつに掲げている陽イオン中間体(ジカチオン)の化学や芳香族化合物の多官能基化もそのひとつだ。
多くの医薬品が芳香族構造を有していることからわかるように、芳香族化合物は創薬において非常に重要な位置を占める。
一方で、芳香環を持つ化合物を化学合成する手段は現在でも置換基の種類や配置の多様性に乏しいという課題を持つ。
そのため、芳香環に多様な置換基を導入するためには、新たな反応分子を見つけるということが非常に大きい意味を持つ。
反応化学を中心に進めてきた大和田氏の研究に生物学のエッセンスが加わったのは、東京大学を離れて名古屋市立大学薬学部の教授に就いた1998年の頃だ。
研究の中で、ステロイド骨格にポリアミンを結合させたDNA輸送分子の機能を評価するために、実験の中でNIH3T3細胞にトランスフェクションを実施した1)。
これをきっかけに、共同研究を中心に生物活性を持つ分子の研究も進んでいくことになる。
3つの夢
化学、生物学、医学の3つの分野は化学物質でつなげることができて、3つの分野それぞれで存在価値がある化学物質を作り出せるというのは有機化学の最大の強みのひとつだと大和田氏は考える。
その強みを活かして将来的に医学に貢献できる化合物を作り出したいという想いは、反応の原理原則を発見したいというモチベーションとは異なるモチベーションとして大和田氏を動かしている。
2001年に薬化学教室に教授として着任して以来、イオンチャネル調節分子、膜タンパク質と相互作用する有機小分子のデザインなど生物活性を持つ分子の創製も手がける。
イオンチャネル調節分子では、カルシウム活性化カリウムチャネルのサブファミリーのひとつである大コンダクタンスCa2+活性化K+チャネル(BKチャネル)に対して高いチャネル開口活性を持つ物質の創製に取組み、Cmy04と名付けた化合物の創製に至った2)。
この研究はさらに、ドイツの共同研究者らの手によって、BKチャネルの開口メカニズムの解明への道も拓いた3)。
これまでに長井博士が作り出したエフェドリンナガ井、第5代の教授である首藤紘一博士が発見し抗がん剤として利用されているAm80(一般名:タミバロテン)と世の中に数々の薬を生み出してきた薬化学教室。
有機化学を革新する反応の発見、生物を超越する分子の創製、疾患治療に貢献する分子の創製を目標に掲げる大和田氏は、日々実験室で学生と机を並べながらディスカッションを繰り返し、新しいアイデアを生み続けている。
「 自分で手を動かして研究をしていると、ものを実際に見ている中で新しい気づきがあります。それこそ、化合物の色やにおいまで知っていてこそ言えるものがあると思っています」。
新たに生み出される化合物が3つの分野をつないだ時、薬化学教室だけでなく、医学、生物学、化学の研究に新たなブレークスルーをもたらすことだろう。
1)Fujita T., et., al.(2000). Gene Transfection activities of amphiphilic Steroid-polyamine Conjugates. Biochim. Biophys. Acta, 1468, 396-402. 2)Cui Y. M., et., al.(2008). Novel Oxime and Oxime Ether Derivatives of 12,14-Dichlorodehydroabietic Acid: Design, Synthesis and BK Channel- Opening Activity. Bioorg. Med. Chem. Lett., 18(24)6386-6389. 3)Gessner G., et., a(l. 2012). Molecular mechanism of pharmacological activation of BK channels. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 10(9 9)3552-3557.