PCの中で、心臓をつくろう

PCの中で、心臓をつくろう
生命科学部 生命情報学科 野間昭典 教授

「それでは、アセチルコリンを投与してみよう。心臓の拍動、血圧、血中酸素濃度はどうなる?」医学部の教室の中で、教授のかけ声とともに学生たちが手を動かし始めます。その手元にあるのは、タブレットPCの中に正確に再現された心臓かもしれません。

野間先生

ピペットからコンピュータへの転換

画面の中で波打つグラフ。赤や青のラインが表すものは、心筋の収縮力、細胞内のカルシウムや酸素の濃度など、心筋細胞の状態を示す数々のパラメータです。野間先生の研究テーマは、細胞のシミュレーションモデルづくり。細胞の中で起こる生命現象を数式で表し、コンピュータの中に再現しています。
細胞の中では、無数のタンパク質がつくられています。それらのタンパク質が、状況に応じて活性化したり不活性化したりしながら相互作用し、さまざまに反応することによって、生命現象が生まれているのです。それらひとつひとつの反応を研究者たちが詳細に解き明かしてきた一方、何がどう働くことで細胞、組織レベルでの活動が生み出されるのか、その全体像を理解することが難しくなってきました。「ならば、すべての現象を見えるかたちにまとめようと考えたのです」。30年近くも心筋細胞を使った実験をしていたという野間先生がシミュレーションを始めたのは、50歳になってからだといいます。

生命現象を50行の方程式で表す

現在、「心臓に関する働きはほとんど表せる」というモデルでは、約200の因子が関わる50行の連立方程式を使って計算しています。世界中の研究者が書いた論文を読み込んでは数式を立て、他の因子との関わりを連立方程式に変換していく研究です。心拍数や薬の濃度など、入力した状況に応じて変化する各種のパラメータについて時間を追って計算し、グラフとして表示するのです。

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再現し、予測できてこその科学

将来的には、このモデルを医学部で使われるデジタル教材にしたいという野間先生。「今の教科書では、紙に印刷されたグラフを見て、ある薬を投与したらどう変わるのか、覚えていくしかありません。実験をしても、測定できるのは一部の情報だけなのです。たとえば、細胞内の各種イオン濃度やエネルギー量がどのように心臓の拍動に影響しているのか、自分で数値を変更しながら結果を追うことができたら、もっと理解は進むはずです」。
こういう場合はこうなるという事例を積み重ねるのでなく、数式化することで、刺激を加えたときなど、環境に応じた反応結果を予測できる。このモデルは、教育だけでなく、薬づくりにも役立つでしょう。研究の成果を元に、生命現象を再現し、予測する。それこそが生命科学の本質なのだと、野間先生は力強く語ります。