糖鎖の研究は甘くない
薬学部 薬学科 豊田英尚教授
「分析の世界では,感度が10倍にあがるだけで,これまでとはまったく違う世界を見ることができるんです」。そう力強く語る豊田先生が調べているのは,タンパク質にくっついている糖鎖です。普段は甘み成分としてのイメージが強い「糖」。甘味の元となるショ糖は単糖が2個連なったものですが,10〜100個の糖が連なる「糖鎖」は,細胞間の認識や免疫機能など,重要な機能を果たしているのです。
細胞の「顔」になる
私たちの体内では10万種類以上のタンパク質が働いていると言われています。その半数以上に糖鎖が結合しており,特に細胞表面のタンパク質に付いている糖鎖は細胞どうしがお互いを認識したり,細胞が外部とコミュニケーションをするための「顔」として機能しています。最近では,糖鎖に異常があると,がんやアルツハイマー病,糖尿病や免疫応答疾患など多くの病気につながることもわかってきました。また,同じタンパク質でも幼少期と成人期とでは付いている糖鎖が異なるといった例もみつかっており,体内では「どのタンパク質に,いつ,どの糖鎖を付けるか」が,きちんとコントロールされていると考えられています。しかし,そのくわしいしくみはいまだ謎のままなのです。
独自の技術で,超微量の糖を感知する
豊田先生は,糖鎖機能を解明するため,大学院時代に組み立てた分析方法を発展させながら,「タンパク質にどんな糖鎖がついているか」を高感度に検出する方法をつくり出しました。
細胞などから取り出した抽出液を,大きさや特定の物質への吸着を利用しながら分離していくことで精製し,そこにどのような糖鎖が含まれるか分析を行います。さらに特殊な試薬を用いることで,これまでと比べて感度を100倍近く高めることができました。その結果,ヒトのiPS細胞やES細胞など,万能性を備えた細胞のタンパク質が持つ,「特殊な糖鎖」を検出できるようになったのです。
難しいからこそ,意味がある
iPS細胞やES細胞は,さまざまな細胞に分化する能力を持っているため,再生医療への応用が期待されています。ヒトのiPS細胞に特徴的な糖鎖の存在が明らかになったことによって,より安全に医療に使えるようになると考えられます。「万能性を持つということは,同時にがんの元になる可能性を秘めているということ。安全に治療に使うためには,新たにつくった組織の中から未分化な細胞を見分け,取り除いてしまう必要があるんです」。そこで,活躍するのが未分化な細胞表面だけにある特殊な糖鎖です。この糖鎖に結合する抗体を,つくった組織にかけてやることで,未分化な細胞だけに抗体が結合し,殺してしまうことができようになるのです。
「高価な機械を使えば調べられたり,簡単にできたりするんだったら,やってなかったと思いますね。自分たちにしか解析できないものを研究しているからこそ,おもしろいんです」。豊田先生は,これからも「糖鎖」の分析を通して,生命科学の可能性を広げていきます。