学生の手でつくる人工衛星 久保田 弘敏

学生の手でつくる人工衛星 久保田 弘敏

「ここを、衛星をつくるためのクリーンルームにしようと思っているんですよ」。
にこやかに久保田先生が話をする部屋の中には、まだ真新しい機械がちらほらと置いてあるだけ。
小型衛星プロジェクトの打ち上げに向けて動き始めた、夢の工房だ。 

空に浮かぶハイテク機器

"久保田

夜空を見上げたときにスーッと移動する光の筋。
地球の周りを回っている機械、すなわち人工衛星によるものだ。
地上から、近いところでは300km程度、遠くになると36000kmも離れた空間に、私たちの生活に関わる機械がたくさん浮かんでいる。
その中には、普段の天気予報を支えてくれる気象観測衛星や、テレビの衛星中継に使われている衛星がある。
これらの機械は、地上からロケットによって各々が役割を果たす高度まで運ばれ、その高度を維持して地球の周りを回りながら、自分の任務を果たしている。
気象観測衛星なら、地球表面にある雲の様子を観測して、そのデータを地上に送信する。
中継衛星なら、たとえばアメリカから送られてきた電波を日本に送信している。
毎日天気予報が更新される、テレビで海外の生中継が見られる、といったように、裏では常に衛星たちが活躍しているのだ。
そのために、観測や通信機能以外に、機体を制御するシステムなどさまざまな機能が備わっている。
人工衛星は技術のかたまりとも言える。
気象観測衛星を例にとって必要な機能を考えてみると、まずは観測機器と、地上から指示を受け地上にデータを送信するための通信システムが必要だ。
さらに、機体を動かすエネルギーを得るための太陽パネル、機体の向きや位置を制御する装置も必要になる。
また、機体に異常がないかどうかを地上の技術者が知るための監視装置も必要だ。
実際に運用するためには、他にもいろいろな機能が必要になってくる。
これが地上にあるのなら管理も簡単だが、働いている場所は、人の手が届かないはるか空の上。
正しく動く機械をつくるためには、試行錯誤の連続で長い時間と莫大なお金が必要になる。

小型衛星時代

cansat気象観測衛星の場合、古いものでも大きさが2m以上、重さにして300kg以上ある。
最新のひまわり7号では、打ち上げ時の大きさが約2.5m、重さが約4.7tもある。
大学で同じものをつくろうとすると、お金、時間、労力といった面で難しい。
しかし、気象観測衛星の10分の1以下の10~20cm大の機体となると、学生でも十分に実現可能なレベルになってくる。
これまでに、東京大学、東京工業大学、東北大学、香川大学、千葉工業大学、北海道工業大学、日本大学が小型の人工衛星の打ち上げと運用に成功している。
また、大学以外にも、大阪の中小企業が協力し合ってつくった「まいど1号」が2009年に打ち上げられた。
今まさに、小型衛星運用時代が到来しているのだ。
初めての挑戦 久保田先生が帝京大学にやって来たのは2007年。
赴任が決まると同時に人工衛星打ち上げの計画が始まった。
「私がやる領域じゃないと思って、脇に置いてきていたんですけどね」と、それまで航空機やロケットの研究を行っていた東京大学時代を振り返りながら笑う。
久保 田先生にとっても、人工衛星は初めての挑戦だ。
すでに、350mlの空き缶大の小型衛星の作成キット「CANSAT」を 使って、本格的な小型衛星開発に向けた準備段階の研究を始めている。
現在取り組んでいる課題は4つ。
衛星の機体温度と外気温度をリアルタイムで知らせるシステム、エネルギーを得るためのソーラーパネル、機体の位置を知らせるためのGPSの搭載、そして、宇宙から地球を撮影するためのシステムの開発。
これらの装置を、無線で離れたところから操作できるようにすることを目標にしている。
飛行船に乗せた「CANSAT」からの通信も実験した。
現在は、ひとつのテーマにひとりの学生がついて研究を進めているところだ。

TeikyoSatを空へ

kubota2「この前も、1年生の女子学生が、小型人工衛星の研究をやっているという話を聞いて、僕のところにやって来たんですよ。
そういったやる気のある学生をどんどん巻き込んで計画を進めていきたいですね」。
うれしそうに語る久保田先生は、他の研究室や学科の生徒とも一緒に計画を進めることも考えているところだ。
現在、バイオサイエンス学科の若林研究室の協力を受けて、生物(粘菌)を搭載しようとしている。
こうして一歩ずつ研究が進んでいる小型人工衛星。
大学から研究補助金も受け、学科のバックアップ体制も万全だ。
打ち上げる衛星の名前もすでに決めている。
その名も「TeikyoSat」 だ。
打ち上げ予定は2~3年後。
学生が開発した温度センサーやGPS、画像撮影用のシステムが数十km離れた場所からでも動作することを地上で確認した後、ロケットで地上400~500km離れた上空に衛星を運び、本番を迎える予定だ。
数年後、私たちの頭上をこの小型人工衛星が飛び回る日が楽しみでならない。
人工衛星が打ち上げられると、そこから送って来る信号を地上で受信する地上局が必要になる。
そのため、屋上にアンテナを建て、2010年1月には、東京大学や日本大学の衛星からの信号を受信することに成功した。
TeikyoSatとの交信がこの地上局を通して行われる日も遠くはないだろう。