仮想世界に感覚を持ち込む
情報理工学部 メディア情報学科 木村朝子 教授
コンピュータグラフィックス技術の進歩により,設計の現場は設計図という2次元から,直接立体を描く3次元へと変わりました。しかし,マウスやキーボードによる操作は,まだまだ複雑で難しく,使いこなすことが大変です。私たちが使い慣れた道具に注目した木村先生の研究は,さらに直感的でわかりやすい操作を実現するものとして期待されています。
仮想のものを実際に掴む
設計ソフトで仮想的に立体を表現することで,仮想空間で物体と物体を結合させることや切断することが可能になりました。しかし,マウスやキーボードを使った操作は実際の作業とまったく異なり,どういう操作をすれば目的の立体を作製できるかが,直感的にわかりづらくなります。
仮想世界と現実世界を融合する複合現実感(Mixed Reality)の分野で研究を進めていた先生は,設計ソフトの枠を超えて,仮想物体を動かすためには,実際にその物体を動かすときに使う道具を使えばいいと考えました。そして,最初に開発したものが,スクリーンに描かれたデータを挟んで持つことができるピンセット型の装置でした。その他,すでにナイフ型,ハンマー型,筆型などの身近な道具の形をしたコンピュータへの入力装置(道具型デバイス)を開発しています。仮想世界にある物体を動かすために,実世界で実際に使うであろう道具を使うことで,仮想と現実の結び付きを強めることができたのです。
“らしさ”を創り出す
道具型デバイス開発の難しい点は,デバイスの動きをコンピュータ上で同期して見せることだけではありません。その使用感が重要で,リアルな使用感を実現することが難しいのです。「私たちにとって視覚からの影響は大きい。でも,それだけじゃもの足りない。だから,他の感覚で補完しているんです」。たとえば,ピンセットで物体を掴むとき,私たちは視覚だけでなく,手の感覚として「掴んでいる」ということを感じ取ります。コンピュータ上の操作では,視覚的にはスクリーンで確認できても,手には掴んだ感覚がありません。これがユーザに不安感を生むのです。
掴むという行為では,ピンセットから物体にかかる力の反作用としてピンセットに反力が加わります。これが手に伝わり,掴んだという“感覚”を生み出します。先生は,物体の大きさに合わせて,挟む力と反対に働く力をモータで実装し,掴んだという“錯覚”をつくり出したのです。このように,道具型デバイスでは,モータや振動子などを駆使して,本当の感覚“らしさ”を実現しています。
楽しむ感覚をヒントに
「道具って,選ぶのも楽しいじゃないですか」と笑顔で語る先生。初めて出会う道具を手にしたとき,ヒトは戸惑いながらも,ワクワクしてしまいます。研究室には花を飾り,テーブルの上にはほっとする程度のお菓子。実世界を楽しむことが先生のアイデアの源となり,みんながワクワクするような道具で,仮想と現実を融合した新しい世界を私たちの未来にもたらそうとしています。