コウモリの翼が生まれたとき

コウモリの翼が生まれたとき

コウモリは鳥のような大きな翼を持ちますが、私たちと同じ哺乳類です。ネズミに似た祖先の手足が大規模に変化してこのかたちになったといわれています。翼で空に飛び立ったコウモリは、今や1000種を超える巨大なグループとなっています。コウモリの運命を決めた大変身は一体どのように起こったのでしょうか。

空をはばたく哺乳類

コウモリの翼は、人差し指の先端からしっぽの先までを結ぶ膜でできています。
1枚の膜のようにも見えますが、実は腕の前面から肩にかけて覆う前膜、指の間にできる指間膜、腕の背面から足にかけて覆う体側膜、足と尾をつなぐ腿間膜の4種類に分かれています。
同じ哺乳類のムササビやモモンガも体に膜を持ちますが、4種類の膜を持ち、翼を羽ばたかせて飛べるのはコウモリだけです。
また、おもしろいことにコウモリは膜のかたちを調節して「飛ぶ」ことで、細やかな動きができると考えられています。
この膜のかたちを変えるのに、大事なのが前膜、体側膜、腿間膜の間に発達した筋肉です。
コウモリはどうやってこの筋肉を持つようになったのでしょうか。

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翼の成長を見てみよう

筑波大学の阿部貴晃さんたちは、コウモリが胎児のときに膜や筋肉が成長する過程を詳しく追跡しました。
成長初期の頃、からだの両側からぽこっと飛び出た手足の「もと」の周囲には、他の哺乳類との違いは見られません。
ですが成長するにしたがって、手足の付け根に新たなふくらみができて、これがどんどん広がって膜になることがわかりました。
この時、筋肉はどうしているのでしょうか。
他の哺乳類では、手の付け根の近くにある細胞の塊が、将来胴体の筋肉になります。
コウモリにも同じ細胞の塊が存在しますが、膜ができる時期になると、ここから一部の細胞が分かれ出て、膜にどんどん入っていくことがわかりました。
コウモリ特有の翼の筋肉は、胴体の筋肉が分かれて翼に侵入したものだったのです。

大変身はなぜ起きた?

通常、生き物のかたちが大きく変わる進化は、長い時間をかけて起こります。
その背景には、遺伝子におこる突然変異が親から子に受け継がれることで積み重なり、からだの変化が生まれるというしくみがあります。
ところがコウモリは、化石の証拠から、哺乳類が生まれてからとても早い段階で今のかたちになったと言われています。
つまり、コウモリの進化は短い期間の中で起きたと考えられるのです。 そこで阿部さんたちは、コウモリの膜や筋肉が成長するしくみは、ある少数の遺伝子の変化で引き起こされたのではないかと仮説を立てました。
そして、筋肉の成長に関わる遺伝子をリストアップし、コウモリの胎児のどこで働くか一つ一つ調べていきました。
すると、細胞の増殖を促すことで知られる、fgf10という遺伝子が翼の筋肉がつくられる領域に沿って働いていることがわかりました。
つまり、fgf10が筋肉の翼部分への侵入の引き金になっているのではないかということがわかったのです。
さらに驚いたことに、この遺伝子は膜の形成にも関わることがわかりました。
コウモリの翼の獲得を一気に引き起こした遺伝子のひとつが初めてわかったのです。 コウモリの翼のように大規模な変化が、少数の遺伝子で説明できるかもしれないなんて驚きです。
生き物たちはこれからも、体のかたちを大胆に変えながら、力強く生きていくでしょう。
私たちはこれからどんな大変身を遂げた生き物に出会えるか、楽しみですね。(文・相山好美)

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協力:阿部 貴晃(あべ たかあき) 筑波大学大学院 生命環境科学研究科 修士1年生