製造プロセスを初めて研究対象に
株式会社インクス 代表取締役/CEO 山田 眞次郎 さん
日本のものづくりを大きく変革しようとしている企業がある。製品を作るために必須のプロセスである「設計」から「試作」、そして「金型作り」までを全て3次元データとIT技術で結び、短時間で高品質な金型を世に送り出す。この技術は、熟練工によって45日かかっていた携帯電話の金型製作を、1/24の45時間で行うことを可能にした。その根底にあるのは、製造業の本質を研究し続けた結果生み出された「プロセステクノロジー」である。
製造プロセスを初めて研究対象に
国内総生産(GDP)の2割、海外への輸出総額では5割を占めている日本の製造業。「ものづくり大国・日本」では、その軸となる設計、試作、金型作りを熟練工たちが支えている。しかし、ここ十数年で熟練工たちが減り、危機感が募っている。「熟練工の技術をどうやったら伝承することができるのか、今まで本気で考える人がいなかった」。
1989年、山田さんはカナダの展示会でIT技術を駆使した3次元CADの設計と光造形技術による試作を見て衝撃を受けた。これらの技術を駆使すれば、熟練工の技術を新しいシステムとして伝承することができるかもしれないのだ。「早く日本に知らせなければ」。山田さんは日本に戻り、IT技術を活用して製造業に革命を起こす会社、株式会社インクスを立ち上げた。
山田さんが始めたことは製造業の本質を見極めること。世界の金型の40%を作っている国だからこそ、設計から金型製作まで一連の流れを徹底的に分析できる。「仕組みを知るために、要素技術を知らないといけない」。アメリカで開発された3次元CADや光造形技術と、日本の熟練工の金型技術を徹底的に比較・研究した。特に金型製作は熟練工に隠された技術を科学的に分析し、膨大な数のプロセスを全て自動化できるよう自前の金型工場を作り上げた。一連の流れを3次元データとIT技術でネットワーク化し、最速で設計図から金型が作れるように再構築を行った。このようにプロセスを分析し、構築し直す技術を「プロセステクノロジー」という。これによって、携帯電話の金型は設計から45時間という画期的な速さで作り上げることができるようになった。その後、様々な製品について受注が入るたびにプロセスを検討し、実証実験を繰り返している。その結果、現在は月に150種類もの金型を生産できるトを1つ建てたのと同じ経済効果が見込まれる。その結果、何もしなくてもGDPが上がってくる」。ところまで進化している。「絶対にうまくいかないといけない。ビジネスなのだから、失敗すればお金はもらえない。自分たちが使えないものは売れないから、自分たちが金型を作れるところまで、命をかけて試せ」と山田さんは社員に言う。
1か月の教育の重要性
「プロセステクノロジー」によって、今まで熟練工にしかできなかったことが彼ら以外の手でも行えるようになった。次に重要なことは、このシステムを利用できる人材の育成だ。しかし、今まで通り設計技術者を3年間かけて育てていては意味がない。そこで、「プロセステクノロジー」のノウハウを活用し、徹底的に分析・再構築を行うことで3次元CADを自在に操れるエンジニアを3か月で育成する研修を開発した。現在は、この研修を受けたレベルの高い600人のエンジニアが、各メーカーの製品開発の最前線で活躍している。それだけではない。「プロセステクノロジー」と「製造技術」、「IT」を高度に融合し、活用できる人材であるエンジニアリングプロセスアーキテクト(EPA)の 育成にも余念がない。機械、ソフトウェアといった要素技術だけではなく、そこで働くエンジニアも含めた業務全体を最適に設計し、システム化することができる。そんな価値の高い人材を育成する、教育プログラムの開発も行っている。「中国広東の工場では、作業員が月給7000円で働いていた。一方で、タクシーの運転手は月給2万円。作業員を1か月間、自動車学校に通わせて教育するだけで2倍以上の収入が得られる。別に難しいことではない。これで人の価値が変わるのだ」。山田さんは1か月間教育することの重要性を1つの例で示した。このように少しの工夫で人材の価値を高めることが可能になる。
あらゆる産業を「プロセステクノロジー」で変革する
製造業に大きな革新を起こした「プロセステクノロジー」は、自動車産業や電気産業をはじめ現在72社に導入されている。そこでは、育成されたEPAたちが現状のプロセスを分析し、ネットワークでつなぎ、新しいプロセスに作り直すかを考えている。例えば、化学プラントのメンテナンス改善では、「2か月の点検を1か月にすることができる。すると、メンテナンスにかかる費用が半分になるだけでなく、節約できた1か月分で、余分に製造できるようになる。これを20台分行えば、新しいプラントを1つ建てたのと同じ経済効果が見込まれる。その結果、何もしなくてもGDPが上がってくる」。
今まで暗黙知として隠されていた熟練工や専門家のノウハウを徹底的に分析し、ネットワークでつなぐことで時間の短縮だけでなく、新たな価値を生み出すことができる。インクスが作り続ける「プロセステクノロジー」は、全ての産業を最適化し、硬直化されている日本のものづくりにもまだ見ぬ価値を生み出す可能性を秘めている。