博士の哲学 第10回 「社会との接点を持ち、その将来像まで考えられる博士であれ」 白岩 善博

博士の哲学 第10回 「社会との接点を持ち、その将来像まで考えられる博士であれ」 白岩 善博

サイエンスコミュニケーション(SC)を通じて社会を知ること。そして、その体験を研究活動のあり方にフィードバックすることで新たな価値が生まれる。大学の教授と企業の経営者という異なる立場にありながら、いち早くSCの必要性と、そこで得られる経験に注目した。2人の博士たちに共通する哲学とはどのようなものなのか。

白岩 善博 さん 理学博士

筑波大学大学院 生命環境科学研究科 情報生物科学専攻 教授
東京大学大学院理学系研究科博士課程修了(理学博士)。東京大学応用微生物研究所研究生、日本学術振興会奨励研究員、新潟大学理学部生物学科助手、同助教授、筑波大学生物科学系教授を経て現職。生物科学系長、大学院共通科目委員会委員長、科学技術振興調整費「次代を担う若手大学人育成イニシアティブ」代表を歴任。

高橋 修一郎 博士(生命科学)

図2

株式会社リバネス 代表取締役COO
2006年東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻修了。修士課程在学時の2002年からリバネスの立ち上げに関わる。博士号取得後、株式会社リバネスの専務取締役に就任し、2010年6月より代表取締役COOに就任。その一方で東京大学大学院農学生命科学研究科助教、法政大学生命科学部兼任講師を務める。

社会で活きる人材を育成する、実質的な教育

高橋 白岩先生は、他大学に比べてかなり早い時期から大学院の科目としてSCの講義を受け持っていらっしゃいますが、今はどういった問題意識や関心をお持ちですか?

白岩 私は、SCが1つの「学問」や「研究分野」として成立しうるかについて関心があります。私自身が教壇に立つわけではありませんが、外国人も含めて経験のある方々にSC科目を開講していただくかたちでカリキュラムを組んでいます。大学院にSCの専門分野を設定し、教授を置き、シラバスを作り、学生が一定以上の何かを修めたことを認定するプログラムを作り、博士の学位を出すことができるのか。現状では、まだまだ発展途上だと感じています。先進的な取り組みがなされているアメリカでも多くがまだ修士の学位くらいまでと聞いています。伝える方法論も、ライティングやプレゼンテーションなどのスキルアップトレーニングの範疇を超えることができていないのです。

高橋 なるほど。私たちも何をもってSCとするかについては議論しながら事業を行ってきました。その過程でSCが人材育成につながると確信しました。教育プログラムとして捉えた場合、どのような意味があるでしょうか。

白岩 教育プログラムとしてはよくできていると感じています。ベースとして自分自身の研究活動があり、その上に成立するものですから、情報発信することで自分の研究と社会のつながりを意識し、それに触れることができます。SCに関わる学生は、必ず意識が変わります。そして、意識の変化を保ち続けることが本当に大事だと実感します。筑波大学では、研究経験をベースに社会に出るときに必要な知識として知っておいてほしいことを「筑波大学大学院共通科目」として講座にしています。60近い科目があり、研究倫理、知的財産、メンタルヘルスなどのメニューを提供しています。その中にSCも含まれています。

高橋 とても実質的なテーマが並んでいますね。こういった研究以外の活動に対する教員の目や学生自身の捉え方はどうなっているでしょうか。

白岩 教員の中にはまだ理解が足りない人もいます。また、学生も講座に興味を抱いたとしても、研究が手薄になると感じたり、そう指摘されるのではないかと思ったりしているようです。つい、SCか研究かどちらかを選択する方向に考えてしまう。

高橋 私は、学生のときにリバネスを立ち上げ、仲間と議論することで研究に対するモチベーションが上がり、博士課程をやり遂げることができました。メリハリをつけて頑張れば良いと思います。SCが研究のやる気につながることもある。両立できるのだから挑戦しなくなるのはもったいない。

白岩 大学院共通科目は、より良い研究者を育成するためにはどうしたら良いか考えて設立されたカリキュラムです。学生側には、ベースとなる研究活動と、プラスとなる共通科目の「どっちも重要」であることを認識してもらいたいですし、教員側にはそれを受け入れる心構えが、大学としてはそれを支える体制作りが重要になってきます。普段研究室で教えられないことを学ぶことができ、学生のモチベーションが高まり、結果として研究室の活気が出てきて、社会で活きる人材が育っていく。これが私たちの目指す実質的な大学院教育の姿です。

研究費の応募を通して、企業のニーズを探る

高橋 私たちも「若手研究者応援プロジェクト」といって、企業と教員で熱意のある若手研究者の行動を支援できるプロジェクトを推進しています。企業と一緒に作った「リバネス研究費」には、たくさんの若手研究者からの応募がありました。

白岩 この活動は評価されて良いと思います。研究費応募の努力を通じて学べることは、論文の内容を咀嚼してまとめる力であったり、SCであったり、知的財産の扱いであったり、本学の大学院共通科目と似ています。

高橋 とりわけ企業の製品が副賞でつく特別賞に応募するときは、企業のニーズをしっかりと知ることが重要になります。そして自分の研究計画が、ニーズに対してどう応えるのか丁寧に考えること。それを踏まえた良いプレゼンテーションができれば、研究費の採択というかたちで評価されるでしょう。白岩 学生には、こういった機会を通じてもっと企業のことも知ってほしいですね。大学は基礎研究、企業は応用研究や利益追求ばかりの研究だと思っている人が多い。だから企業の人と話すと意外性を感じるんです。みなさんが考えている以上に企業は基礎研究をしっかりやっている。「今日の研究が明日すぐ役立つ」なんてことは企業の人すら思っていないんです。

白岩 今では、研究ができて常識もあることが博士の当たり前の姿となりました。カリキュラムの組み方には、「学生にこうなってほしい」という学生や教員へのメッセージが込められています。
「若手研究者応援プロジェクト」にも、筑波大学の大学院共通科目と同様のメッセージがあると思いました。研究能力だけでない、バランスのとれた人材になってほしいと願っています。

高橋 そのために、社会との接点を持つことや、企業の人と話す機会が重要となる訳ですね。

白岩 そうです。こうした活動を通じて、社会のことを意識するのと同時に、博士になる意味も考えてほしいと思います。SCでいえば、博士だからこそ伝えられることは何かを考えることです。今の時代は、これから何をしなくてはいけないか、それぞれが工夫しながら決める時代になっていると思います。博士はPh.D.と英訳されます。まだやったこともないことを信念をもってどこまでも考え抜くのが「哲学」です。それを究めて、社会の将来像までをも考えることが、博士の役割ではないでしょうか。