情報技術が理解力を拡張する 後藤 真孝

情報技術が理解力を拡張する 後藤 真孝

独立行政法人 産業技術総合研究所 後藤 真孝 さん 博士(工学)

独立行政法人 産業技術総合研究所
情報技術研究部門 上席研究員 兼
メディアインタラクション研究グループ長
後藤 真孝 さん 博士(工学)

音楽の楽しみは今も昔も生活に欠かせない。デジタル技術が発達したことで人は音楽を持ち歩き、配信サービスで膨大な数の楽曲に簡単にアクセスできるようになった。いつでもどこでも好きなだけ音楽が聴けるようになった私たちの生活において、まだ変わっていないことがある。それは、音楽の「聴き方」である。産業技術総合研究所の後藤真孝さんは、「音楽を自動的に理解する」技術を開発して、聴き手の音楽理解を促進する、新しい鑑賞スタイルを築こうとしている。

歌のサビを抽出するコンピュータ

後藤さんは「音楽のサビ」をコンピュータに見つけさせる技術を世界で初めて開発した研究者だ。なぜ人間は音楽のサビをサビと理解するのか。「音楽のサビはいわば音のパターンの繰り返し。繰り返しを見つけてくることが、サビを見つけることになるのです」。後藤さんは、音の波形をフーリエ変換によってパターン化し、パターンの繰り返しを時間軸に沿って可視化した「音楽地図」をつくった。地図の中では、転調したり伴奏が大きく変わったりしていても様々な繰り返しが検出され、楽曲全体での繰り返しの仕方などの相互の関連性からサビを見つける。「たとえば繰り返しの中で長いものは、歌詞の1番と2番を表しています。その最後に重なる短い繰り返しがサビであることは多いですね」。この技術によって、好きな歌の「サビ部分」だけを次々と聴くこともできる。この技術は「Songle」(http://songle.jp)というウェブサイトで試験的に公開中だ。他にも、歌詞のテキストと音楽とをリンクさせ、歌詞中の言葉をクリックしただけでその言葉から音楽が再生できる技術も開発した。

情報の受け取り方にも個性がある

音楽、絵画、物語は人の感性で受け取る情報の塊だ。たとえば、同じ音楽でも人によって好き嫌いがあるのは、個々人で情報の受け取り方が異なるからだ。さらに個人の中でも状況や年齢で受け取り方は変化する。しかし、普段の生活では自分自身ですら何に着目して音楽を聴いているのかを意識したことはないだろう。コンピュータが音楽の中身を自動的に理解して可視化してくれれば、今まで自分の感性では意識に上らなかったような情報も意識できる。それにより、より深くその曲のことを理解でき、音楽鑑賞をもっと豊かなものにできる可能性がある。音楽を自動的に理解する技術がヒトの音楽に対する理解力を拡張する。それが後藤さんが切り拓こうとしている未来の1つだ。自らのテーマを「能動的音楽鑑賞インタフェース」と名付け、音楽音楽の楽しみは今も昔も生活に欠かせない。デジタル技術が発達したことで人は音楽を持ち歩き、配信サービスで膨大な数の楽曲に簡単にアクセスできるようになった。いつでもどこでも好きなだけ音楽が聴けるようになった私たちの生活において、まだ変わっていないことがある。それは、音楽の「聴き方」である。産業技術総合研究所の後藤真孝さんは、「音楽を自動的に理解する」技術を開発して、聴き手の音楽理解を促進する、新しい鑑賞スタイルを築こうとしている。

未来を切り拓く研究テーマを

自身も音楽が好きでこの研究を始めた後藤さん。情報技術分野ではソフトウェア開発が主軸のため、少人数でも直接社会に役立つものをつくれる実感がある。情報が物質の媒介を経ずに流通し、人々がますます情報技術に依存する時代になれば、この分野の研究者の出番は今以上に増えてくるだろう。「1人のユーザーとしてその技術を愛していることがテーマとの出会いにつながるでしょう」。音楽に限らず、身近なところにいくらでも課題は眠っているのだ。後藤さんも音楽鑑賞支援にとどまらず、自分好みの音色や音量バランスにドラム音を調整できる音楽加工や、好きな歌手の声質に似た声質の別の歌手の曲を見つける音楽検索など、新しい技術開発に絶えず挑戦している。これらによって私たちは自分好みに曲を加工したり、思いがけない曲と出会ったりと、今までにない音楽の楽しみ方ができるだろう。「『初音ミク』などの歌声合成技術を使用し、大規模な協調的創造活動が起き始めているように、音楽もみんなで共有して加工し、より良いものにできたらいいですね」。
感性が情報技術を進化させ、情報技術は感性を豊かにしていく。このサイクルの中で、後藤さんの研究も日々進化していく。
独立行政法人産業技術総合研究所 後藤真孝様HP(文 環野 真理子)