理系学生よ、ガンマを目指せ 関根光雄

理系学生よ、ガンマを目指せ 関根光雄

東京工業大学 大学院生命理工学研究課長 関根光雄教授

 

大学院進学率が90%に達する東京工業大学では、大学院教育に重点を置き、全学的にプログラムの強化を進めてきた。そんな東京工業大学が今年、生命理工学研究科、総合理工学研究科、情報理工学研究科の3研究科にまたがる複合領域型大学院教育プログラムをスタートさせようとしている。それが、新しい人材育成のコンセプト「Γ(ガンマ)型人材の育成」である。このプログラム開発を統括する東京工業大学大学院生命理工学研究科長の関根光雄さんにお話を伺った。

Π(パイ)型ではなく、Γ型(ガンマ)人材を育てる

現在、世界では健康長寿社会の実現に向けて、様々な技術が結集しつつある。創薬、食品、化学、医療機器・診断等の分野は互いに連携し合い、そこにIT化や精密計測技術が融合することで、新たな研究開発の潮流、新たな市場開拓の可能性が高まっている。特に生命科学分野と情報科学は、大量データからの推論や、生体をシステムとして捉えたシミュレーションなど、その親和性が高くなってきた。それは、生命科学の方法論そのものに対する根本的な革新のうねりになりつつある。さらに、そのような先端的研究を進めるためには、孤立した研究活動ではなく、異分野間の国際的な協調と迅速な情報交換がますます欠かせない。
しかし、現在の大学院教育ではこの成功事例は少ない。たとえば、研究人材の育成を議論するときによく例に出されるモデルに、Π(パイ)型人間がある。2つの高い専門性を持つΠ型人材の育成は5年間という博士課程教育の期間を考えると時間が足りず、短期間で育成しようとすると、結果的に中途半端な人材となってしまうという課題を抱えている。そこで東京工業大学が考えたのが、1つの深い専門性を持つとともに、もう1つの専門分野の基本的な考え方と方法論を理解する、Γ型人材の育成プログラムだ。「生命科学系の研究者が情報技術を道具として使いこなせるようになれば、研究のスピードは大きく加速する。いきなり2つの専門性を極めるのではなく、まずはツールとして使えるようになるところまでを大学院教育でカバーすることが不可欠だ」と関根先生は語る。

経験を通してスキルを身につけろ

Γ型人材育成プログラムの特徴は、実践的な科目の多さにある。どんなに深い専門知識を身につけたとしても、異分野の人材と連携して課題発見・解決を行う人材としての素養を身につけるためには、多彩な実務的環境に身を置き、様々な状況に対応して自ら迅速に判断をするための訓練が必要になる。そこで、このプログラムでは生命科学と情報科学それぞれの分野の学生が組んで実施するグループ型問題解決演習や、海外の学生チームを招いて行う「国際情報生命コンテスト」の開催、学生の自主企画により海外から著名講師や海外提携校の学生を招いて行う「国際生命健康夏の学校」の開催など、ユニークな機会を数多く提供する。さらに、修士課程での1週間にわたる国内インターンシップや博士課程での海外協力機関でのインターンシップの必修化など、実践重視の姿勢はプログラムの随所に現れており、専門性を高めるだけに留まらないという大学側の強い意志が感じられる。さらに、博士後期課程の学生には、奨学金制度を設けて最大で月に20万円の支援を行うことで、学生がプログラムに集中できる環境も整備している点など、博士課程の実情を意識したプログラムとなっている。

産業界の若手メンターから経験とスキルを盗め

もう1点、興味深い特徴として「産業界若手メンター制度」がある。これは、一定期間、大学の研究室に30〜35歳前後の産業界の若手メンターに常駐してもらうことで研究室内の学生と交流し、異なる視点や将来的な社会とのネットワーク構築に発展する機会を創出するというものだ。「もともと、学生が一番成長できる場所は、授業でも体験学習でもなく、研究室でのディスカッションだったはず。しかし、助教や講師といった若手研究者の学内ポストの減少や、産業界から来る研究生の減少といった世の中の流れで、最近の研究室では30歳から35歳くらいの、メンターとなるべき年代の人材数が極端に減ってしまった。特に産業界から来る人材が減ってしまったことで、実際に就職をするまで学生が産業界の研究開発の実態を知る機会も減ってしまい、学生は昔よりも就職後のイメージを具体的に持てていません。産業界若手メンター制度を導入することで、今よりももっと学生を成長させることができるはずです」。関根さんの話に熱がこもる。

進化する大学院プログラム

東京工業大学はこれまで、12件の21世紀COEプログラム、9件のグローバルCOEプログラム、13件の大学院教育GP等の採択拠点の活動を通して大学院教育の改善・改革に組織的に取り組んできた。近年では、博士一貫教育プログラムをはじめとする最高水準の博士課程教育と、産業界にキャリアパスをつなげることの両立を図るための模索を続けてきた経緯を持つ。そんな中で、このプログラムは、複合領域における人材育成の新しいプロトタイプの創出につながることが産業界、学術界の両方から期待されている。21世紀のリーダー育成を目指して進化し続けるこの人材育成プログラムでは、熱意ある学生の応募を待っている。
(文 徳江 紀穂子)