家族とのコミュニケーションの絆を繋げたい 長谷川良平

家族とのコミュニケーションの絆を繋げたい 長谷川良平

DSC_0347脳波を使ったコミュニケーションツールを開発した脳研究者がいる。
産業技術総合研究所の長谷川博士だ。

脳波でコミュニケーション、この近未来SF映画に出てきそうな技術を長谷川博士は今まさに現実のものとしようとしている。
長谷川博士は元々人が何かの意思決定をする時に脳ではどの様なことが起こっているのか、その脳の機構の研究をしていた。
そしてその研究を進めていく内にあることに気が付いた。
意思決定に関する脳機構の研究を応用すれば、脳内意思決定の解読と伝達、つまりコミュニケーション支援にも役立つのではないか。
そう思い立ち、実際に言葉を用いなくても脳波でコミュニケーション出来るツール「ニューロコミュニケーター」を開発した。

脳波とは脳の神経細胞の電気活動を記録したものだ。
この脳波を計測するために頭皮に電極を密着させる。
そうして計測される生の脳波データはノイズだらけでそのままでは使い物にならない。
ノイズだらけの生の脳波データから目的の脳波だけをまず取り出す必要がある。
ではどの様な脳波を取り出すのか。
長谷川博士が着目したのはP300と呼ばれる脳波だ。
何かを目で見ていたとして、その注目しているものに何か変化があった時、その変化を認識する過程で、変化を目で見てから約300ミリ秒後に脳波に陽性の電位変化が起こる。この電位変化がP300だ。
このP300を活用すればコミュニケーションが出来る。
例えばモニターに表示された一つのピクトグラム(絵カード)を選び、じっと見つめているとしよう。
そしてそのピクトグラムは時々ピカッと光る。その様な状況で脳波を計測すると、ピクトグラムが光ってから約300ミリ秒後にP300が検出される。
ニューロコミュニケーターではモニターにピクトグラムが8種類表示されており、それぞれが異なったタイミングで何度か光る様になっている。
脳波を計測してP300を検出すれば、ピクトグラムが光ったタイミングとP300が検出されたタイミングを照らし合わせればどのピクトグラムを見ていたのかが分かる。
そのピクトグラムは「飲食」「移動」それぞれを表わすシンボルとなっており、飲食したい時は、「飲食」のピクトグラムを見つめるだけで自分は飲食したいのだという意思表示をすることが出来る。DSC_0310
ニューロコミュニケーターはこのピクトグラムの選択を3回行う。
例えば最初に「飲食」のピクトグラムを見つめていたとしよう。
そのことが検出されると次に「飲み物」「食べ物」等のピクトグラムに切り替わる。
更に「飲み物」のピクトグラムを見つめると、最後に「水」「お茶」等のピクトグラムに切り替わる仕組みだ。
つまり選択肢としては8×8×8=512通りあることになる。
これだけの選択肢があれば自分が人に伝えたい内容は大体どれかに当てはまる。この様にしてニューロコミュニケーターは脳波でコミュニケーションを行う。

現在、長谷川博士は、このニューロコミュニケーターを意識ははっきりしているのに体を動かせず発話も出来ない筋萎縮性側索硬化症(ALS)等の患者の方々に実際に使用してもらって装置の基本性能やユーザビリティを確かめるモニター実験を行っている。
環境の整った実験室において健常者を対象とした実験でうまくいっても、家庭内で実際の患者を対象とした場合には予想外の問題が度々、発生するという。
装置の実用化を目指すには、最初の試作機ができた後に待っている、モニター実験を通した課題の抽出とさらなる改良の繰り返しが不可欠なのである。
「家族とコミュニケーションを取りたくても、話せない、書けない、体が動かないという患者に一刻も早くニューロコミュニケーターを届けて家族とのコミュニケーションの絆を繋げたい。」
長谷川博士の情熱は今、多くの患者達の希望の光となっている。

長谷川良平 研究グループ長 産業技術総合研究所 ヒューマンライフテクノロジー研究部門 ニューロテクノロジー研究グループ