企業と研究者、タッグを組んで情報分野のフロンティアを開拓せよ
富士ゼロックス株式会社コミュニケーション技術研究所小林健一さん
筑波大学システム情報系情報工学域助教 津川翔さん
インターネットの発達に伴って世界中に莫大な量の情報が行き交うようになった1990 年代からビジネスで注目されはじめた「ビッグデータ」。これまで情報として分析することが難しかった、大量で抽象的なデータを分析し、何らかの意味を見出すという研究分野だ。リバネス研究費「富士ゼロックス賞」の受賞者は、そんな歴史の浅い情報科学の分野に飛び込んだ若者だった。彼を採択した富士ゼロックス株式会社コミュニケーション技術研究所所長の小林健一さんと、人と組織を理解し、よりよい社会へとつなげるためのビッグデータ研究について語ってもらった。
社会の課題を情報科学で解決したい
小林 「将来的な事業化を見据えた、ビッグデータマイニングを活用した研究」というテーマで募集したところ、津川さんの研究が我々の期待にぴったり一致しました。ソーシャルメディアをうまく活用した研究アイデアですね。
津川 ツイッターの投稿からその人のうつ傾向を判定するシステムをつくる予定です。うつは患者を治療すること自体は進んでいますが、そもそも自分がうつ傾向にあることに自覚がなく、治療が受けられない人がいることが問題になっています。うつの自覚がない人が気軽にうつかどうか調べられる仕組みをつくりたいと思って考えました。
小林 企業にとって従業員の健康管理は1 つの大事なテーマになりますから、企業のニーズにマッチするサービスになる可能性を秘めています。様々な研究者の方に応募していただいた中で、「事業化を見据えた」というキーワードに対して津川さんの着眼点が私たちには新鮮でした。
津川 もともと博士号をとってからの最初の職場は経済学研究科でした。情報科学はあらゆる分野と接点がありますが、私がやりたいのは、人が集まってできる組織やチームなど、「コミュニティ」を理解するための分析でした。だから、募集テーマにあった「ベターコミュニケーションを一緒に実現する人を募集します」という言葉を見たとき、私もピンときました。
様々な解釈から人と組織を理解していく
小林 津川さんにおっしゃっていただいたように、私たちのビジネスでは、「よりよいコミュニケーションを通して人類の深い理解を促進していく」という目標があります。ビジネス現場の様々なコミュニケーション上の課題を改善するツールやサービスが開発できたら、と日々トライアンドエラーを繰り返しています。今、津川さんの中で課題となっていることはなんですか?
津川 これまでデータとして認識されていない、目に見えてこなかったデータを可視化するにあたっては様々な解釈の仕方があります。私は自分自身では定量化を中心に研究しています。掲示板でA さんとB さんがやりとりをした回数や、A さんと何人がやりとりをしたかを記録して、人と人の関係性を見るクラスタリング解析が中心です。またやり取りされるテキストの中身のキーワードからA さんとB さんの関係を見る、という自然言語処理データ分析の仕方もあります。様々な方向から検証していきたくて、1 人ではとても実現しないのです。また、機械学習のような要素も取り入れていきたいですね。
小林 まさに、うまく組み合わせることは我々の課題でもあります。自然言語処理や機械学習などは私たちの強みです。
津川 富士ゼロックスさんとご一緒できることで新しい指標をもってデータを見ることができるのではないかと期待しています。
企業と接して得られる機会
小林 今回私たちと接点を持つにあたって他にも期待することは何ですか?
津川 企業の中には私が扱いたいテーマがたくさん眠っています。メールのやりとり、ドキュメントデータの蓄積、人の行動ですら組織を理解するための重要なデータです。企業の方と接点を持つことでこうしたデータへ接触できる機会としても期待しています。
小林 弊社では自分たちが仕事をする中で日々蓄積していく情報を解析するシステムを自分たちで開発、利用し、サービス化につなげています。津川さんの理想の環境があったということなのですね。
津川 そうですね。正直、富士ゼロックスさんがデータマイニングに熱いということは、この賞の募集要項を見るまで知りませんでした。まだまだ未発達な分野なので、研究室の外で得られる知見も大事なのです。
小林 私たちも、津川さんの要素技術についての知見の広さに驚きました。今回採択させていただいたテーマ以外にも、複数のプロジェクトの経験があり、若いうちからこれだけ多くのテーマをもっていらっしゃるのがとても頼もしいと思いました。これらのテーマも組織構造を理解し、変革するための材料として重要な分析になると思います。ネットワーク解析、ソーシャルメデイア解析などは我々がまだまだこれから伸ばしていきたい分野なので、ぜひ情報交換させていただき、刺激を与え合っていきたいと思いますね。(取材・構成 環野 真理子)
富士ゼロックス株式会社 コミュニケーション技術研究所 所長
小林 健一 さん
1983 年富士ゼロックス入社。半導体デバイス研究、光システム事業などに従事し、2011 年4月から現職。
リバネス研究費富士ゼロックス賞採択者 筑波大学 システム情報系 情報工学域 助教
津川 翔 さん
2012 年大阪大学大学院情報科学研究科博士後期課程修了。同年、同大学大学院経済学研究科助教。2013 年4 月から現職。