【特集】老化研究最前線

【特集】老化研究最前線

生物にとって等しく避けられないことの1つ、それは老化だ。人類は何世紀にもわたって不老不死を目指し、煉丹術など様々なことを試してきた。この非科学的な長い歴史を超え、現在の老化研究やアンチエイジングの研究は、社会科学者や神経科学者、分子生物学者、そしてもちろん医学系研究者という広い範囲の研究者に横断した科学的に議論でき新しく注目される分野として成長してきている。

先日、WHOにより平均寿命の世界ランキング2013年度版が発表されたが、日本はサンマリノ、スイスと並び83歳で世界1位となった(ちなみに男女別でみると、男性は79歳で世界12位、女性は86歳で世界1位)。先進国は高齢化社会となり他の国々も追従している中、世界の年齢別人口ピラミッドはピラミッド型から釣鐘型へと変化してきている(図1)。

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このような状況下では、社会の経済効率を考えると高齢者の健康の保持は重要であるという認識が世界中に広がっており、病気になる前に予防したり老化のプロセスが始まるのを遅くする研究への資金が集まりつつある。今回の特集では、老化研究というキーワードで、最新の研究成果と企業での取り組みと研究成果を紹介する。ぜひ自身の研究に照らし合わせ、このエキサイティングな研究分野の発展に参加する方法を考えてみてはいかがだろうか。

 

健康寿命の延伸は、体制作りと分野横断型の新「老化研究」により推進する

2013年4月23日に開かれた第110回総合科学技術会議では、2025年までを見据えた20年の長期戦略により実現する5つの社会像の中の1つに「生涯健康な社会」があり、研究開発の推進と社会システムの形成の課題推進がうたわれている※2。中でも国民の健康寿命の延伸に向けて、脳卒中や動脈硬化性疾患、神経変性疾患の発症メカニズムの解明、ロボットを含めた医療機器等の研究開発、そして再生医療の実現に向け、プロジェクト体制を強化し取り組みをスピードアップすべきとの見解が示されている。再生医療に関する研究開発の強化に関しては、京都大学、大阪大学、理科学研究所、慶應義塾大学を中心にすでに進められていることはみなさんご存知のことだろう。

また2003年に発足(研究会としては2001年)した日本抗加齢医学会のホームページ※3によると、老化研究を基礎とした抗加齢医学は生化学、生理学、臨床医学などの医学系、そして化学、物理学、農学、薬学の他領域に横断した領域だとある。基礎研究に携わる研究者、医師、そしてコメディカル分野の人材との交流、さらには社会科学者、ロボット工学研究者なども交わることで、さらなる高齢化社会を支える基盤ができていくだろう。

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世界中の関心事「老化研究」

老化研究は、国による研究推進だけでなく世界中の人々の関心事にもなりつつある。たとえば、個人の慈善事業家からスウェーデンのカロリンスカ研究所に、脳の老化に関する研究に対し約760万ドルの寄付が寄せられた。また、非営利団体X PRIZE財団※4のゲノムコンテスト「Archon Genomics X PRIZE」では、100名の100歳以上の人々の全ゲノムに対し解読の速度・精度・コストを競うコンテストを実施したりという、独自の取り組みがある。ちなみにコンテスト終了後、得られたデータは公開され世界中の研究者が利用できるようになるとのことだ。

製薬会社もNIH (アメリカ国立衛生研究所)やUCSF(カリフォルニア大学サンフランシスコ校)との共同研究に乗り出し、豊富な資金を元にアルツハイマー病に関する大規模調査研究ADNIを2004 年から実施している。その他にも学術界と産業界との連携が多く図られているのは、本領域の研究の特徴の1つといえるだろう。

 

[参考文献]
※1 Grayson M.Nature 492( 7427):S1-40(2012)
※2 総合科学技術会議HP: http://www8.cao.go.jp/cstp/index.html
※3 抗加齢医学会HP: http://www.anti-aging.gr.jp/
※4 Archon Genomics X PRIZE:http://genomics.xprize.org/

 

 

最新の老化研究

① 長寿遺伝子のゲノムワイドな探索と老化に関する候補分子

前述したように、Archon Genomics X PRIZEをはじめとして、100歳を超える人々の全ゲノム相関解析(GWAS)をすることによって長寿遺伝子を見つけるとりくみが複数なされており、2012年のSebastianiらの論文では※5、少なくとも130の遺伝子に関連した281ものSNPsが長寿の人々で多く見られたと結論付けている。これらの遺伝子群を長寿遺伝子と呼ぶには個々に詳細な検証が必要である。しかし、たとえば、FOXO3Aは線虫やショウジョウバエでの先行研究により、インスリン/IGF-1シグナルに応答しリン酸化され細胞死やストレス防御、老化速度に関与する働きをすることが知られている遺伝子であり、これは寿命調節関連因子といえるだろう。

これまでの寿命調節関連因子における研究成果の日本語のデータベースサイトとして、東京都老人総合研究所の「老化ゲノム300」※6はぜひ参照されたい。

② カロリー制限による寿命の延長

線虫やショウジョウバエなどの短い寿命のモデル生物、そして長くてもマウスなどの研究から、カロリー制限により老化の遅延や寿命の延長がこれまでわかっていたが、近年、長寿命の霊長類の一種アカゲザル(平均寿命27年)の結果が発表された※7,8。1989年に開始し2009年に発表されたウィスコンシン大学の研究では、最終的に加齢関連疾患(がん・心血管疾患・糖代謝異常)により死亡したサルのうち自由摂食群のサル50%が生存している時点で、カロリー制限群は80%が生存していたという結果が得られた(図3)。一方で2012年に発表されたNIAでの研究は、寿命の長さに有効な違いが見られなかったと報告された。この2つの研究結果の違いは、前者の自由摂取群のエサに比して後者の自由摂取群のエサが健康的であり加齢関連疾患が起こりにくい状況であったことが影響していると考えられ、実験デザインの違いによるものだろう。ただし、2012年度の最新の報告においても、カロリー制限は少なくとも加齢関連疾患のリスクの低下につながることが示されている。

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このようなカロリー制限による加齢関連疾患リスクの低下はどのような作用機序によるものなのだろうか。この研究はモデル動物やヒトの培養細胞を使って多くの研究成果が蓄積されてきた。現在、研究者により、2つの経路が提唱されている。1つはIGF経路、もう1つがTOR経路(図4)である。TORはラパマイシンという抗生物質の標的タンパク質として酵母で同定されたセリンスレオニンキナーゼで、細胞増殖やオートファジーの抑制に関与している。哺乳類のホモログmTORは、カロリー制限をすると抑制され、その結果、加齢疾患リスクが抑制されるようである。また、生後約600日のマウスにラパマイシンを混入させたエサを与えたところ、寿命の延長効果があることが示された※9

なお1999 年に長寿遺伝子候補として発表されたSirtuinは2012年に反証論文がNatureに発表され※10、現在も論争中である。しかし少なくとも、Sirtuinはカロリー制限による寿命の延長に関与していないが、高脂肪食や加齢関連疾患による代謝ダメージを抑制する働きがあることは示されている。

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③ 生物の比較による分子探索

老化研究の手がかりをつかむ1つの手段として、近縁種の比較がある。たとえば、9種類のげっ歯類の培養細胞に対して様々なストレスに暴露したときの細胞の寿命を比較してみると、寿命の長い種の細胞は短命の種に比してストレス耐性があることが示されている※11(図5)。

このような比較を手掛かりにして今後その原因が詳細に解析されていくものと思われるが、すでに報告されている例として次のようなものがある。長寿のネズミとして知られるハダカデバネズミは、脳内の神経を守るタンパク質であるNGF-1の発現量が非常に高いことがわかっており※12、もしかすると、この生体防御機構が長寿の一因なのかもしれない。

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④ その他(脳の老化研究、腸内細菌叢研究、幹細胞と幹細胞niche)

健康寿命の延長を目的とするとき、脳の老化研究は欠かすことができない。これまでにもアルツハイマー病に関する研究成果は多く行われてきているが、新しい取り組みとして健康な63-65歳の180人の被験者に対する大規模調査COBRA(The Cognition, Brain and Aging)が興味深い。今後少なくとも10年以上にわたり各人の脳の状態を追跡し、老化に伴っていつどのように変化していくのかを詳細に調査していくというのである。

また、近年注目が高まっている腸内細菌叢も老化研究の大きなトピックスとなっている。食事と腸内細菌叢の変化の関係を明らかにし、一方で特定の微生物による健康維持の仕組みの解明が期待されている。

他にも、老化研究にとても関連が深い分野として再生医療や幹細胞研究が挙げられる。近年、幹細胞自体にも老化現象がある一方で、幹細胞を維持する側のnicheにも老化現象が確認されてきている※13。これは今後の移植医療において問題となる可能性が高い。

[参考文献]
※5 Sebastiani, P. et al, PLoS One. 2012; 7(1): e29848.
※6 http://www.tmig.or.jp/J_TMIG/genome300/index.html
※7 Colman, R. J. et al. Science 325, 201–204 (2009).
※8 Mattison, J. A. et al. Nature 489, 318–321 (2012).
※9 Harrison, D. et al. Nature 460, 392-395 (2009)
※10 Burnett C. et al. Nature. 477(7365):482-5 (2011)
※11 Harper JM. et al. Aging Cell. 6:1-13 (2007)
※12 Edrey YH. et al. Aging Cell. 11:213-222 (2012)
※13 Conboy IM. et al. Nature. 433:760-764 (2005)

 

企業による研究

① 腸内細菌叢に関連する取り組み

細菌の腸内細菌叢への注目に伴い、ヨーグルトなど乳酸菌を取り扱う企業を中心に研究開発が活発に進められている。たとえば、株式会社明治は2011年11月よりフランスのパスツール研究所と共同研究を開始しており、明治ブルガリアヨーグルトLB81を使用して加齢に伴う腸内細菌叢と腸管免疫システムの変化などの解明に取り組むとされている※14。また協同乳業株式会社では、ビフィズス菌の一種LKM512が腸で作り出すポリアミンがどのように腸管のバリア機能を向上するのかなどを、理化学研究所や京都工芸繊維大学との共同研究にて明らかにしようとしている。この研究成果の一部は、2011年に発表されている※15

② 皮膚科学研究の取り組み

皮膚の老化研究は、企業でも特に多く行われているといえるだろう。たとえば森永製菓株式会社では、前述の高脂肪食や加齢関連疾患による代謝ダメージを抑制する働きのあるSirtuinを活性化する因子の研究を行っている。ポリフェノール類の一種レスベラトロールとよく似た構造をもつピセアタンノールが、パッションフルーツの種子に多く含まれていることを突き止めたのだ※16。このピセアタンノールの研究では、NO産生による血管拡張作用(図6)角化細胞における活性酸素の抑制作用(図7)がすでに論文で報告されている※17,18

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③ 毛髪の老化に関する研究

皮膚研究と同様に、企業による研究が盛んな分野である。たとえば、花王株式会社では11-70歳までの女性の毛根部のサンプルをDNAマイクロアレイまたはRT-PCRにより遺伝子発現量の比較を行った。その結果、加齢に伴い変化のあった1,915の遺伝子を特定し、中でも老化に伴い失われるハリやコシに相関関係があったのがVEGFであることを示し、学会発表を行っている※20。株式会社毛髪クリニックリーブ21やアンファー株式会社でも、独自の研究所をもって研究に取り組んでいる。毛包幹細胞や色素幹細胞の研究は、造血幹細胞と同様に他の幹細胞に比して基礎研究が進んでおり、産業化への応用もすでに始まっているといえるだろう。

 

老化研究のホットトピックス、そして企業での研究と俯瞰してきたが、いかがだっただろうか。掲載できなかった多くの企業でも、大学などの研究機関との共同研究をするなど産業化を目指した研究開発が行われており、老化研究はとても活性の高い領域であるといえる。産業応用または未来の社会までを見据え、様々なジャンルの研究者がますますこの領域へと乗り込んでいくことで、さらに研究が加速していくのではないだろうか。そうなることで近い将来、一般からの注目度も比較的高いこの領域が、「社会を支える科学」ということを広く一般社会にまで実感させてくれるようになるのかもしれない。

 

[参考文献]
※14 株式会社明治プレスリリース:http://www.meiji.co.jp/corporate/pressrelease/2011/detail/20111118_01.html
※15 協同乳業株式会社プレスリリース:http://www.meito.co.jp/news_release/cat3/000298.html
※16 森永製菓株式会社HP:http://www.morinaga.co.jp/company/healthcare/passion.html
※17 Sano et al. J. Agric.Food Chem. 59, 6209-6213 (2011)
※18 Uchida et al. Biol. Pharm. Bull. 36, 1-5 (2013)
※19 株式会社資生堂HP:http://group.shiseido.co.jp/rd/development/skin/skincare.html
※20 花王株式会社プレスリリース:http://www.kao.com/jp/corp_news/2008/1/n20080117-01re.html