音が伝わる場をエレガントに解き、 実用をスピーディーに進める 河井 康人
高速道路の両脇には、騒音が周囲に漏れないようにするための防音壁が高くそびえている。
関西大学の河井康人さんは、この防音壁を5mから3mへと低くするためのヒントを、まだ学生だった30年前に、すでにつかんでいた。
30年前に発見した「エッジ効果」
河井さんは、壁や柱、置物など、空間をさえぎるものによって音の伝わり方がどのように変化するかを計算して、コンピューターシミュレーションと実際の現象の比較をしている。
30年前、高速道路などで騒音を防ぐために使う板に音が当たると、当たった面とその裏面では、音(空気)の速度に大きな差が生まれる。
そのとき、板の縁辺(エッジ)では、空気の粒子の振動がエッジで極端に大きくなる「エッジ効果」が起こることを発見していた。
その大きな振動が原因で、騒音も大きくなるのだ。
2009年頃、この不思議な現象をふと思い出した河井さんは、「板の縁の付近に布のような吸音材を置けば、騒音を抑えられるのではないか」と、突如ひらめいた。
そこから、これまでにない遮音壁開発への挑戦が始まった。
理論があるから、実用化が早くなる
さまざまな素材で吸音性を検証して河井さんが選んだのは、スポンジのような多孔質素材だった。
音がそれにぶつかると、小さな孔を通ってしまって遮音できないのではないかと思われそうだが、実際は、振動エネルギーが多孔質素材に吸収されるため、エッジ部分で起こる空気の分子の振動を緩和、エッジ効果を抑えることができるのだ。
また、多孔質素材のかたさを、上の方にいくにつれてやわらかくなるようにしておくと、音を上の方に逃がすことができ、壁を越えて回り込む騒音を効果的に減らせることも発見した。
研究の実用化には多くの障壁があり、5~10年かかることもめずらしくない。
エッジ効果を抑える高速道路用の遮音壁がわずか1年半で商品化できたのは、その背景にエッジ効果を数学的に解析する明確な理論があったからだ。
河井さんは、実物模型で2倍の高さの遮音壁と同等の騒音を減らす効果があることを示し、理論値とぴったり合うことを証明し続けたという。
「僕の興味は、あくまで空間にある音を数学的に解くこと。 できるだけエレガントにね。 音の研究はまだまだ実用化の可能性を秘めているよ」。
高速道路や工事現場で遮音壁、防音壁を見たら、ぜひ思い出してほしい。
そこにはきっと、河井さんの研究が使われているはずだ。 (文・伊地知聡)