生命のビックデータから発生現象を読み解く 伊藤將弘

生命のビックデータから発生現象を読み解く 伊藤將弘

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生命科学部 生命情報学科 伊藤將弘 教授

私たちの複雑なからだも,はじめは1個の受精卵からはじまります。細胞分裂を繰り返しながら,少しずつ細胞ごとの個性が現れ,いつしか個別の機能を備えた組織へと分化していく,その過程を「発生」といいます。どうやって細胞の運命が決められていくのか,これは今も多くの研究者が解明に取り組む生命の神秘なのです。

伊藤先生

細胞の運命を決める母からの贈りもの

動物の発生は,卵細胞と精子が受精することで始まります。細胞は,DNAから必要な遺伝子だけをmRNAにコピーし,その情報をもとにタンパク質を合成することで,組織ごとに異なる機能を獲得しています。伊藤先生は,発生初期段階で起こっている現象を調べるために比較的単純な多細胞生物で,変異体解析が可能なセンチュウを実験に用いました。センチュウでは,受精から12細胞期頃まで,もともと卵細胞が持っていたmRNAの情報をもとにタンパク質がつくられていきます。つまり,母親由来の遺伝子が,発生初期段階で細胞の運命を決めているのです。

受精直後の受精卵では,細胞内でmRNAの濃度に偏りが生まれると,分裂したときに細胞の個性につながり,運命を決定するといわれています。
伊藤先生

生命のビッグデータを解析

センチュウが持つ20,000個ある遺伝子のうち,母性由来mRNAとして未受精卵に存在するものは2,000遺伝子にしぼられます。その中でもタンパク質合成の調節に関わる約60種類の遺伝子に注目しました。遺伝子をひとつずつ破壊し,正常な個体や他の遺伝子を破壊した個体と比較することで,その働きを予測します。
たった60種類の遺伝子といっても,複雑に関係し合っているため,得られる結果は一生かけても解析できないくらい膨大になります。そこで,コンピュータ解析を駆使し,初期の発生のしくみを解明することにしました。実験で得られるデータと,世界中の研究成果が蓄積されたデータベースとを組み合わせながら,それぞれの関係性を明らかにしたマップをつくっていきます。

生命とコンピュータを掛け合わせる

大学卒業後,まだ普及しはじめたばかりのコンピュータに可能性を感じ,「いずれ,複雑な生命現象を解き明かすツールになるはず」と,それまでの分野を変えることを決意しました。遺伝子解析の手法と,情報処理技術が急速に発展した現在,ゲノムという膨大な情報を,情報処理技術を駆使して解析する分野に注目が集まっています。
「これまでは,データを『マイニング(発掘)』して,ある規則性や関連性を見出していました。でも,これからは『リビルド(構築)』する時代。どの遺伝子がどのように関わり合い,どの組織へ分化していくのか,そのしくみをデータ解析によって明らかにしたい」。膨大なデータの中に隠された生命の神秘を解き明かすため,さらなる解析を続けます。

掲載内容は取材当時の情報となります
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