【特集】信頼あるサンプルで疾患ゲノムを解析する -東京大学 油谷 浩幸 教授
臨床情報の正確性が最も重要。そう話すのは、東京大学先端科学技術研究センターゲノムサイエンス分野の油谷浩幸教授だ。「Genotypeがわかっても、疾患のリスクの全てが理解できたわけではありません」。それならば、医師主導のもと、疾患を正しく理解し治療法を研究するためにこそパーソナルゲノムを利用する価値があると考えている。
がんの解析で社会に影響を与える
油谷氏が現在研究の主たるターゲットとしているのは、がんゲノムだ。正常細胞には存在しない、がん細胞特異的な遺伝子変異やエピゲノム変異を探索し、分子治療の標的や、診断マーカーとしての利用ができないかを調べている。
「DTCの遺伝子検査はどれも正常な体細胞ゲノムを解析しています。ただ、疾患についてはSNP多型との関連がクリアでないものが多く、エピジェネティクスや環境要因の影響は不明瞭です。現時点では、がん細胞に生じた変異を探索した方が社会に与えるインパクトが大きいはずです」。
エピジェネティクスに影響を与える変異は、プロモーターやエンハンサーの領域に多い。それらが疾患に繋がるパスウェイや量的制御のメカニズムが明らかになれば、ゲノム解析の知見と合わせてがんを含めた疾患研究が大きく進むだろう。「ここ2,3年で非常にエキサイティングな状況になりますよ」と油谷氏は言う。
信頼できるデータを集め、ゲノム解析のメリットを増やす
我々のゲノムの多様性を生み出すのはSNPsだけではない。油谷氏らのグループは2006年、コピー数多型(CNV; Copy Number Variation)領域がヒトゲノム全体の12%にも渡ることを示した5)。だがCNVは1Kbp以上の大きな領域が変化する。そのため、現在主流のショートリードシークエンサーでは解析が難しく、形質にどのような影響を与えるかは不明なままになっている。それらも含めて、「遺伝子検査によって何かがわかります、と喧伝するのは早すぎる」と話す。
解析技術、疾患との関連に対する生物学的裏付け、カウンセリング、個人情報の取り扱い等、越えるべきハードルは多々ある。「パーソナルゲノムを知るメリットはまだ少ない。でも多数の症例サンプルを用いた研究を進め、証拠を集めないと、メリットを増やすことができない。ジレンマの状況だと思います」。特に疾患ゲノムをターゲットとした場合、DTC遺伝子検査で自己申告により集まった情報では信頼性も患者数も不足するだろうと言う。我が国で、2003年に始まったバイオバンク・ジャパンでは、約20万人の患者からサンプルが収集され、現在も解析が進められている。一方、次世代がんプログラムでは治療応答性を規定する遺伝子変異の探索が行われている。油谷氏は研究者として、そして医師として、今行うべき研究はがんゲノム・エピゲノム解析だと見定めて、発がんメカニズムの解明と治療ターゲットの探索を進めている。
5) Redon R. et al. Global variation in copy number in the human genome. Nature (2006), 444(7118), 444-454
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東京大学大学院 医学系研究科 国際保健学専攻 人類遺伝学分野
徳永 勝士 教授