ひとつの脇役が引き起こす未知数の生命現象に挑む

ひとつの脇役が引き起こす未知数の生命現象に挑む
薬学部 薬学科 浅野真司 教授

工場でつくられたものが倉庫やお店を経て私たちのところまで届くように、からだの部品として働くタンパク質も、合成された後、いつ、どこに運ばれるのか厳密に制御されています。こういったタンパク質の物流の異常から引き起こされる病気は数多く、複雑な物流の制御メカニズムの解明が求められています。

浅野先生

細胞内の輸送に欠かせないレールと留め具

私たちのからだをつくる細胞は、建設現場の骨組みのように、タンパク質「アクチン」が柱となって形状を支えています。このアクチンは、細胞内の物質が定められた場所へ移動する際のレールにもなっており、そのレールと細胞膜表面のタンパク質をつなぎ留める働きをするタンパク質が、浅野先生が注目する「エズリン」です。
これまでの研究から、エズリンがレールの配置を組み替えることで、細胞内のタンパク質の輸送を制御していることがわかっています。たとえば胃酸分泌細胞では、細胞内のプロトンポンプ(H+輸送体)がレールに沿って細胞表面に移動し、胃酸(H+)を分泌します。もし、エズリンが正しく機能しないと、レールが敷かれずH+輸送体が正しく運ばれないため、胃酸の分泌ができなくなるのです。

新たに見えてきたエズリンの役割

先生は、「エズリンを持たない遺伝子組換えマウス」では、胃酸分泌細胞だけでなく、胃の表面の組織全体に異常が起こっていることに気付きました。そこで、さらにくわしく調べると、なんと「胃がんの一歩手前」と同じ状態になっていることがわかったのです。これまで、胃がんの原因としてピロリ菌の感染が知られていましたが、エズリンの異常でも胃がんになる可能性が出てきました。
また、エズリンが腸管や腎臓に存在して、リンやカルシウムなどの栄養分の吸収に働くタンパク質の細胞内輸送にかかわることも先生は明らかにしました。さらに、エズリンは神経細胞のネットワーク形成に必要な細胞の形の変化にかかわることから、脳疾患や神経の再生とのかかわりも想定されています。このようにエズリンがからだの各所で名脇役として働くことがわかってきたのです。

複雑さの実感が次の一歩につながる

細胞の骨組みをつなぎ留めるというエズリンの働きは、思った以上に私たちのからだの各所で生命現象を支えていました。しかも、その異常はヒトの病気と直結することが明らかになりつつあります。エズリンの研究を通して、「研究すればするほど、生命の複雑さを実感した」と先生は言います。生命現象には多数の要因が複雑に絡み合います。病気の治療や予防への糸口へつなげるためには、それらの要因をひとつずつ確実に解明していかねばなりません。それこそが自分の使命だと考え、先生は今日もまた細胞を見つめています。

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