極小の世界から生まれる未来のセンサー 早瀬 潤子

極小の世界から生まれる未来のセンサー 早瀬 潤子

「毎回の授業で必ず実験をして,その原理を生徒に考えさせる。テストも,計算問題はあまりなくて,『なぜこうなるのか説明しなさい』という問題ばかりでした」。現在,慶應義塾大学で量子力学の研究を行う早瀬潤子さんは,この高校の授業がきっかけで物理のおもしろさに目覚めた。

「考えることが好き」物理学者の第一歩

「子どもの頃は,そんなに理科が好きなわけではなかった」と話す早瀬さん。理科や物理の分野が好きになったのは,高校での物理の先生との出会いがきっかけだった。高校の物理の授業は,後ろに控えている大学入試を意識してか,どうしても座って,教科書を見て勉強して,問題を解く,というスタイルになりがちだ。「受験は大丈夫なのか,授業を受けているこちらが心配になるくらい,計算問題をひたすら解くような授業をしない先生でした」。もともと考えることが好きだった早瀬さんは,先生が授業で見せてくれる実験について,なぜそうなるのかをひたすら考え,自分なりの答えを出すのが楽しかった。このときすでに,物のを解き明かす物理学者としての一歩を踏み出していたのかもしれない。

大学で研究のおもしろさに気づいたのは,4年生になって自分の研究を始めてからだった。「3年生までは基本的に,答えがわかっている実験しかやりません。実験は,基礎知識や実験技術を身につけるための手段でしかなかった。でも,研究室に入ってからの研究は,誰もやったことのないもの。そう思うと,ちょっとした結果が出ただけでとても楽しかった」。

電子がもつ,磁石の性質をもっと引き出す

電子などに代表される小さな物質「量子」の世界はあまりにも小さいため,高校で学ぶ物理の常識が通用しない。そんな小さな世界を扱う物理学が,早瀬さんの專門「量子力学」だ。この量子力学の視点から見てみると,電子には,電気的性質のほかに,磁石の性質もあることがわかっている。この「最小の磁石」を,人の手でコントロールし,何か役立てることができないだろうか。そこで早瀬さんは,「人工ダイヤモンドを使った量子力学的なセンサー」をつくろうと研究を進めている。

ダイヤモンドは炭素原子の結晶で,そのなかに不純物を混ぜることによって,さまざまな性質をもたせることができる。「不純物をたくさん入れると,光るダイヤモンドができます。それをセンサーとして使うことを考えています」。その不純物も磁石のような性質をもっており,他の磁石が近づくと光り方が変化する。それを読み取り,周囲の磁場の変化を検出するセンサーとするのだ。より小さな変化をとらえることができるため,これまでのセンサーの性能をはるかに超える超高性能なセンサーを実現できる。

この小さな世界は,可能性に満ちている

しかし,不純物を含んだダイヤモンドなら何でもセンサーになるわけではない。「ある特定の不純物が,特定の性質をもって,特定の場所に存在しているという,非常につくり込まれたダイヤモンドが必要なのです」。不純物どうしの距離が近すぎると,お互いにその働きをじゃまし合ってしまう。人工ダイヤモンドに不純物を入れる——誰もやったことがないため,そのマニュアルも存在しない。「こういう性質のダイヤモンドができたらいいな,という理想はありますが,『こうやってつくったらそういう性質のものができる』かどうかはわかりません」。

試行錯誤をくり返し,少しずつ理想に近づいている途中の早瀬さん。研究への原動力はあくまで,高校生のときからもっている物理学への純粋な興味だ。実験室で起きた現象が,最終的に世の中でどう応用されるかということより,その物理学的なおもしろさに心かれる。「量子力学には,まだ可能性がある」。そんな熱い想いと探究心をもって,早瀬さんは量子の可能性を開拓していく。