【特集】 それでも留学に行く

【特集】 それでも留学に行く

多くの人が一度は考える留学という選択。普通に過ごしていたら実現できないその選択肢の先には苦労が伴うことが明らかだ。だから、お金がない、情報がない、時期じゃない・・・留学できない理由をつけて、人は留学をためらう。留学を成功させた人には、それでも留学を決意する何かがあった。研究者にとって留学とは何をもたらすのか?そんな葛藤の間にいる人がいたら、この特集を贈りたい。「研究者にとって留学の意味とは」。

僕達の研究留学

◆留学に深い理由などいらない

大宮:僕はイギリスのリバプール大学でクロロフィルの中にあるポルフィリンの触媒反応の様子を分子レベルで測定する方法を研究しています。今は共同研究先である理化学研究所に1年半出向して、博士号を取得する予定です。

武田:僕はアメリカオハイオ州立大学の大学院でRNA分子が細胞の間を移動するときに立体構造がどうかかわっているかを研究しました。学部を出てから留学し、博士号を取得するまでに6年半かかりました。

前田:私は高校卒業後にアメリカに留学して、学部ではミズーリ州にあるトルーマン州立大学で心理学を専攻しました。その後、オハイオ州のライト州立大学で人間の感覚や心理をエンジニアリングに活かしていく人間工学心理学で博士号を取得しました。

大宮:お二人ともどうしてアメリカへ留学しようと思ったんですか?

武田:大学の学生実習のときに担当してくれたリサーチアシスタントが留学経験者で、その人がかっこ良くて憧れたんだよね。博士課程でもお金をもらいながら研究できるよ、と聞いたことも大きかった。アメリカだとコースワーク(授業)が充実していたから、学部時代は部活ばっかりして勉強してなかった僕でも一から勉強できると思って(笑)。

前田:私はとにかく日本を出たかったから(笑)。高校生のとき、これから自分が知り得ることは周りの環境が影響する、と思っていました。このまま日本にいたら一生同じ環境で過ごすことになりそうで、いっそのこと海外に行こうと思ったの。アメリカは奨学金が出れば下手に日本の私立に行くより安いとも聞いて、とにかく学費が安いところを探して田舎の大学に行きました。学部のときに研究が面白くなったから大学院にも進んだ。

大宮 案外知られていないけれど、奨学金やリサーチアシスタントで在学中から給与を貰えることは留学の動機の1つとして大きいですよね。 750

◆研究室選びには時間がかかる

武田:研究留学ってまだまだ情報が少なくて情報収集が大変、と聞くけど、みんな指導教官はどうやって見つけたの?

大宮:ネットですね。学部生が考える「やりたい研究」って、やっている人はたくさんいます。僕の場合は卒論で読んだ論文の著者がリバプールにいたので調べると、学内のHPにどの先生が何人の学生を募集しているか公開されていたので、その中の1人の先生にメールしました。学会の招待講演で会って、何をやりたいか話したら「じゃあ待ってます」と言ってもらえました。TOEFLも受けましたが、先生に受け入れ態勢があったから、参考成績として使われたのだと思います。

前田 それはすごくラッキー!私は学部からアメリカだったから、学部時代の先生に、共同研究をしていた先生を紹介していただいたの。

武田:僕もRNAの研究をしたい、という方向性はあったのだけど、無限に選択肢がある。だから入学後に研究室が選べるところを探した。調べるのは結構大変で一夏をつぶしたよ。アメリカの大学院には複数学部の先生が200人くらいエントリーしてその中から研究室を選べるプログラムがあって、その中でもバイオ系が強いオハイオ州立大学を選んだんだ。大学や研究室選びより困ったのが、応募書類づくり。10ページくらいのHPの募集要項を印刷して何回も読んでも、ニュアンスがわからないから不安だった。苦労したけど、こればかりはできるまで時間かけてやるしかないよね。

大宮:僕は先生とコミュニケーションとれたところだけに申し込もうと思っていたので、1件しか送りませんでした。イギリスでは受験手数料が無料なのがいいところですが、僕の様な例もあるので、先生とコミュニケーションをとってから応募することをおすすめします。 

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◆博士として、マイノリティとして、グローバルに生きることへの覚悟

前田:日本と海外で研究環境が違うな、と思ったことはある?私は研究室間の交流や、研究室と外の交流がすごく活発だった気がする。隣の研究室に分からないこと聞きに行ったり、違う研究室とセミナーしたり。ラボの活動だけじゃない刺激があったな。

武田:僕が一番印象に残ったのはqualifying examと呼ばれる博士課程の中間試験。自分が研究していた対象と異なるテーマで研究申請書を書きなさい、というお題だった。その試験をパスして初めて博士候補生になれる。その中で「研究とはなにか」について良質なディスカッションができた気がするんだ。

大宮:働く時間がすごく少ないということが印象的でしたね。早い人は9時に来て、遅い人でも19−20時に帰る。家に仕事を持って帰る人は僕以外ほとんど見ません。装置は日本の方が優っているんですが、研究費あたりの論文数はヨーロッパの方が高いそうです。
 
前田:留学してよかったな、と思うことはどんなこと?

武田 日本とはまったく違う世界にいて、日米の2つの考え方でものごとを考えるようになった。自分の考え方が広がったのが一番の収穫だったと思う。

前田:友達もいない逃げ場のない場所にきたから、自分で自分の世界を構築していく自信がついたな。人と違うことに対しての抵抗はないし、自分の気持ちや意見をもとにして考えられるようになった。年齢、ジェンダー、貧富も違ういろんな人がいるということにも気づいて、自分自身の考え方が柔軟になった気がした。

大宮:逆にヨーロッパは多様性が少ないからマイノリティとしての経験ができましたね。将来は外国でアカデミックポストをみつけたいのですが、他の国でもやっていける自信がつきました。

武田:留学は自分を研究者としても、今後社会で働いていく上でもベースとなる異なる価値観の人たちと切磋琢磨する力を育んでくれるよね。日本にいてもそれはできるかもしれないけど、全く違った環境に放り込まれてそれを否応なく意識させられる。それこそが留学の意味だと思う。
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<プロフィール>
大宮拓馬 
工業高校卒業後、静岡大学工学部物質工学科に進学。2012年4月に卒業し翌月よりリバプール大学化学科にPh.D.取得のため留学。触媒反応やエネルギー変換機構を極微小(1nm)・超高速(100fs)で解明するための研究を行っている。2013年10月より一時帰国し、現在は理化学研究所に出向して研究している。

前田里美 株式会社リバネス国際開発事業部
高校卒業後、渡米。ミズーリ州のトルーマン州立大学を経て、で心理学の学士、その後オハイオ州のライト州立大学で人間工学心理学の分野で修士・博士号を取得。現在は株式会社リバネス国際開発事業部で中高生向け海外研修や英語での実験教室の実施とコーディネートを行う。

武田隆太 株式会社リバネス人材開発事業部
国際基督教大学卒業後、渡米。オハイオ州立大学にて、病原性RNAの機能と構造の関係を研究し、Ph.D.取得。現在は株式会社リバネス人材開発事業部にて、研究者向け人材育成プログラムの開発・実施に携わる。

(取材・構成 環野真理子)