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留学で深まる母国への想い

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Apichaya Taechavasonyoo 通称 Fern (フェーン)
2004年 チュラロンコン大学 微生物学(学士)卒業、2007年 工業微生物学(修士)、2008年 Charoen Pokphand Food入社、2010年退社後、海洋大学博士課程へ編入、2013年4月 東京海洋大学 博士(海洋学)取得。

『生命科学分野へ進むならとことん突き詰めなさい。博士号取得まで続ける気があるなら応援する』チュラロンコン大学入学時に父からそんなエールをもらったフェーンさん。2013年4月、東京海洋大学で博士号を取得し、そこで得た知識と日本企業でのインターンシップ経験を武器にタイの発展に貢献するため、6月には母国で仕事を始める予定だ。

失敗から始まった微生物学の研究

「すべての始まりは、失敗からでした」フェーンさんは自分の研究キャリアをこう振り返る。タイの大学では学部2年生に進級をする際に専門を選択する。そこで指標になるのは1年生の時の成績。残念ながら彼女は第一志望の生化学を専攻することは許されなかった。しかし、学部4年時に行った病院での研修で微生物学の研究の楽しさに目覚める。専門性に幅を持たせるため修士へ進むことを決断し、タイのナーン地方の伝統的なお酒に含まれる酵母の研究を行った。大学へ残り、研究を続けることも可能だったが、同じ環境にいては成長できない、とビジネスの世界へと一歩を踏み出した。 フェーンさんが次の舞台に選んだのは、タイの農業・食品企業中心のタイ最大の複合企業Charoen Pokphandの技術者の仕事だった。研究者としての専門性を活かしながら、企業という現場で働いてみたいという強い思いだった。CPでの仕事は、養殖エビの病原体の有無を試験するためのキット作りなどだった。

異なる環境を求め日本へ

ビジネスという新しい世界での挑戦。しかし、フェーンさんの心の中で次第に『小さいころから育った慣れ親しんだ環境に甘んじていて良いのか?』という疑問が大きくなってくる。留学をしていた親戚から聞いたアメリカやイギリスでの生活に憧れ。いつか生まれ故郷を飛び出してみたい、と考えていたからだ。そんなとき上司の紹介で出会ったのが、後に博士課程の指導教官となる、東京海洋大学教授の廣野育生さんと近藤秀裕さんだ。「タイでは商業価値がないという理由であまり研究されていない海洋の魚の研究を日本でしてみたら」。彼から日本政府が出している奨学金へ申請してみてはどうかと勧められたことが、次の挑戦を求めていた彼女の心に突き刺さった。日本でしかできない研究をテーマにすることで将来タイのために貢献することができるかもしれない。新しい目標ができた瞬間、企業という場所からもう一度アカデミアへ戻ることに決めた。

留学を通して見えてきた母国での目標

「タイでは研究できない海洋学を極めたい。そして異なる文化での生活を肌で感じたい」勢いよくタイを飛び出したものの、最初からすべてうまくいったわけではない。日本の大学における研究生活には戸惑いもあった。先輩と後輩の関係を明確にする風習や、研究についてのラボメンバーと議論をタイでは経験したことがなかったからだ。ここでは自分で考え、行動することが求められた。3年間の留学を振り返り、フェーンさんは自分の国を客観的に捉えられたことが、大きな収穫だという。「これまでも環境を変えることで自分に負荷をかけたからこそ、可能性を広げることができた。生まれ育った環境を離れ、自分で考え行動することの重要性に気づき、人生を深く考えられるようになりました」。日本で博士号を取った今、彼女は生まれ故郷に戻ることを決心した。海外で培った経験とネットワークを活かして、タイに貢献したいという気持ちに従ったのだ。「日本で学んだことを軸に、研究者とタイの社会を繋げたい」とフェーンさんは言う。アカデミアと民間企業、そしてタイと日本という異なる視点を手に入れた彼女は、科学技術の有効活用を通してタイ人のライフスタイルの発展に貢献したいと考えている。

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