物理学者でも知らない物理現象, 「熱の波」 是枝 聡肇
理工学部 物理科学科 是枝 聡肇 准教授
単元に関係するキーワード 物理基礎「熱とエネルギー」,物理「波の性質」
高校の物理の教科書には,「熱は高温の物体から低温の物体へ,不可逆に移動する」と書いてあります。ところが実は,ある種の固体の中で,温度が高くなったり低くなったりと変化しながら波のように伝わる現象があるのです。教科書とは矛盾する「熱の波」。「そんなこと,本当にあるの?」と考えたキミ。あるんです。
めずらしすぎる物質の中の,めずらしすぎる現象
普通の固体を温めると,その熱は拡散し,すぐに平均的な温度に落ち着くはずです。しかし1960年代,ある種の結晶の中では,熱が光や音と同じように「波」の形で振動しながら伝わりうるという理論が提唱されました。そして70年代,固体ヘリウム,ビスマス,フッ化ナトリウム(NaF)という3種類の結晶で,本当に熱の振動が起こることが示されたのです。
しかし,物理学の常識を覆すこの発見は,あまり広まることはありませんでした。理由は,これらの結晶があまりにめずらしいから。3つのうちで最も一般的な物質であるNaFでさえ,当時世界でたったひとつの研究室だけがつくれる,高い純度の結晶でないと熱の波が起こらなかったのです。
それから数十年。今でも多くの物理学者はこの現象の存在を知らず,「熱の波など存在しない」と主張する人もいる状況です。
わからないことは,実験で確かめよう
是枝先生がこの現象を知ったのは,大学院生の頃。第4,第5の物質としてチタン酸ストロンチウム(SrTiO3)やタンタル酸カリウム(KTaO3)の結晶でも熱の波が起こるかどうかという論争があることを知り,実験で確かめようと考えたのです。実証には,光の波長を分析する分光器という装置を使います。これらの物質にレーザーを当て,散乱してくる光を解析したとき,もし内部に熱の波が起きていれば,動く波面による光のドラップラー効果によって,わずかに波長のずれた光が出てくるはずです。 解析の結果,SrTiO3では-243℃前後において熱の波を実際に観測でき,KTaO3でも実験では示せなかったものの,理論的には波が生じうることが明らかになりました。
「わかった」を広げて学問分野を拡大する
このときの解析から,先生は熱の波が起こるかどうかを決める物質の特性について考察を進めました。さらにパルスレーザーを用いて,SrTiO3の中で,振幅の大きさや位相をコントロールした熱の波を発生させることにも成功したのです。「うまく応用すれば,光ファイバーのように,排熱などを熱ファイバーで遠くに送ることもできるかもしれません」。
研究の目的は「熱の波に関する普遍的な原理を見つけること,そしてほとんど知られていない今の状況をひっくり返すことですね」と話す先生。あまりにめずらしすぎて知られていない熱の波も,役に立つことを示せれば,もっと注目が集まるはずです。研究者が少ない分野のため,わからないことがあっても自分で調べるしかない,という大変さがあります。それでも,少しずつ「わからない」を「わかった」に変えていく探究心こそ,研究者に必須の武器なのです。