研究者だけが知る 誰も見たことのない世界 花﨑 知則

研究者だけが知る 誰も見たことのない世界 花﨑 知則
生命科学部 応用化学科 花﨑 知則 教授
単元に関係するキーワード 化学「状態変化」, 「固体の構造」,「芳香族化合物」

「私がより遠くまで見渡せたとすれば,それは巨人たちの肩の上に乗ることによってです」。この一節は,ニュートンも手紙に引用したという有名なものです。先人たちは多くの実験や観察,推論などを通して,今私たちが見ている世界を少しずつ理解してきました。偉大な科学者ニュートンでさえ「アリストテレスら多くの巨人たちの肩の上に乗って」と謙虚に語っているように,現代の研究者もまた,先人たちの肩に乗ることで,さらに少し遠く,まだ誰も見たことのない新しい世界を見つけようとしているのです。「一度見てしまったら,もうやめられない」,そう語る花﨑先生の「CURIOSITY=好奇心」も,自分だけが知る世界を目にしたことがはじまりでした。

 

涙の向こうに,未知なる世界が輝いた

生命科学部 応用化学科 花﨑 知則 教授

(左)金子先生(右)花崎先生

テレビのディスプレイでおなじみの液晶。それは,固体と液体の中間のような性質を持つふしぎな物質がつくり出す世界です。
「ひとつでは意味を持たない分子が,集団としては規則正しく動き,さまざまな性質を示すところが液晶の魅力」。そう語る花﨑先生には,学生時代の忘れられない思い出があります。液晶の研究をはじめたとき,分子の中に鉄原子を持った新しい液晶分子を合成する課題を与えられました。類似の化合物の合成方法を参考に,1年半かけて実験を続け,いくつかの化合物を合成しましたが液晶の性質はまったく見られません。「もうだめか。あきらめかけていたとき,ようやく顕微鏡の中に現れたんです,液晶が。でも,なぜか曇ってはっきり見えなくて…知らぬ間に涙があふれていたんです」。苦労の末につくり出した,世界にたったひとつの化合物。レンズを通して見たその世界は本当に美しく神秘的で,一瞬で花﨑先生を虜にしました。そうして,新しい世界をのぞく「研究」の魅力にはまってしまったのです。

知られざる,液晶の魅力

研究者が扱う人工の液晶の多くは,ベンゼン環と呼ばれる六角形の平面構造が複数含まれています。さらに,電子を強く引き付ける性質を持った官能基をベンゼン環に結合させておくと,ベンゼン環を含めて分子末端部分がプラスとマイナスとに分極するため,電圧をかけることで分子を配向させ,向きを揃えることができるのです。その性質を利用して光を操っているのが,液晶テレビです。
液晶には他にもおもしろい性質がまだまだあり,たとえば, 「半導体」の性質を持ったものもあります。「今,おもしろいのは,電圧をかけることで分極した分子同士がよりきれいに配向して硬くなる”ER(Electro-Rheologica:l電気粘性)効果”という性質ですね」。そう目を輝かせて話す花﨑先生に強く頷<うなず>くのは,この研究を一緒に進めてきた愛弟子の金子光佑先生です。

次から次へ,尽きないCURIOSITY

ER流体は,液体的なやわらかさから,固体的な硬さへ連続的に変化するため,ブレーキやクラッチとして活用できると期待されています。そのためには短時間で硬くなる性質が必要ですが,硬さ(高粘度)を追求すると,変化に必要な時間(応答速度)が長くなってしまうという課題があり,粘度が変化するしくみの解明が求められているのです。「物性の違いを決めるのは,分子のどの構造なのか」。金子先生は,仮説を立てては,少しずつ違う化合物をつくりながら検証し,より高い精度の仮説へと研究を進めていきました。
次第に,分子のサイズと形が粘度増加の要因であり,分子と分子がお互いに絡み合わずに動けるかどうかが応答速度の要因であるとわかってきました。そして,辿り着いたのは,中心に立方体の骨格を持ち,周りにベンゼン環を含む部分を8つ持つもの。まだ不十分なところもありますが,大きな分子でかつ絡み合わないため,短時間で硬くなるという求める物性に近づけることができました。
「つくった化合物の物性が100%想定通りなんてことはなくて,だいたい予想外の性質が現れるんです。でも,それがおもしろい」と語る金子先生。疑問から生まれた小さな発見が新たな疑問を生み出し,また発見へ。この繰り返しによって,新しい世界へ進んでいくのです。

「なぜ?」を原動力に,未知へ挑む

研究者にとって大切なのは, 「疑問からはじまり,仮説,検証のサイクルをコツコツ積み重ねること」だと花﨑先生は言います。そして,何かを探究しはじめるきっかけは,普段はあまり気にも留めない小さな「なぜ?」です。私たちもこの小さな「なぜ?」を気に留め,調べることで先人の知恵を学び,その先にある次の疑問を見つけ出すことができます。そしていつか,誰も答えを知らない問いに辿り着いたときが,新しい世界の扉の前に立ったときなのです。