計算できない未来を掴もう 伊藤 公平

計算できない未来を掴もう 伊藤 公平

伊藤 公平 さん Ph.D. 慶應義塾大学 理工学部 物理情報工学科 教授

シリコン量子コンピュータというシリコン原子1つ1つで計算 をする全く新しい計算機の実現に挑む伊藤さん。この技術が実現 すれば、数千年かかっても解けないような計算でも、数十秒といっ た短い時間でこなすことができるようになるという。同位体工学 の研究で世界の第一線を走る傍ら、大学にダブルディグリー制度 を導入するなど学生の国際性の鍛錬にも情熱を傾けている。そん な活躍の裏には、伊藤さん独自の目標への近づき方があった。

 

いつかは海外へ、を叶えた決断

高校から大学までをアメリカで過ごした父の影響で、小学生のときから海外でのサマーキャンプなどへ参加し、国際色の強い教育を受けて育った。「いつかは 海外に」と考えるようになったのは自然な流れだった。学部時代はテニスに明け暮れたが、卒業研究でソニーの研究所に通い、シリコン中の不純物の拡散の研究に目覚める。大学院選びをするにあたっ て「どうせ海外に行くなら、今がチャンスだ」という気持ちで、海外留学を決め た。「深く考えていたら先が見えなくなって行かなかったでしょうね」と当時を振り返る。大学4年の夏、留学先を探すことを目的に東はボストンから西はスタンフォードまで、計14校のアメリカの大 学院訪問を決行する。まだメールも普及していない時代。門前払いにあうこともあったが、そのときに出会ったのが、カリフォルニア大学バークレー校で半導体材料を研究するEugene E. Haller教授だった。翌年、彼の研究室から博士課程の入学許可とリサーチ・アシスタントと しての採用通知をもらうこととなる。

 

世界に学生を送り出せる教員になる

留学先では、核物質の平和利用が注目された時代に半導体材料の同位体を分離し、得られた材料の測定を行った。また、同位体を用いて金属が絶縁体になる現象を精密に測定する手法を確立し、博士課程を終えると、いくつかの民間研究所から声がかかるまでになった。「その頃はバブル期で日本人はJapan as No.1だと思っていたから海外に出ようとしなかっ た。そんな中で1人の日本人は目立ちましたね」。民間企業に勤めるつもりだった伊藤さんだが、母校である慶應義塾大 学から声がかかり、考えを変える。「1 人でも多くの優秀な学生を世界に出したい」という気持ちを持つようになったからだ。早く自分で学生を育ててみたいと考えた伊藤さんは29歳にして自分の研究室をもつ。「これからは教育者として学生を送り出すことに専念したい」と考えたが「学者として研究の第一線で世界に認められないと、よい学生を推薦できない」ということに気づく。そこで、40歳までにアメリカで教授になるという目標を立て、海外の大学へのアプローチを始めた。

 

独自の目標設定がもたらした想定外の反響

米国大学のポストを得るにはとにかく公募に応募するしかない。応募の際はポ ストに見合った研究成果を提示することが必要となる。無理やり自分が頑張らなければならない環境をつくりだし、応募を続けていくうちに、米国の研究者コミュニティーで認められ国際会議の招待講演者として米国から頻繁に推薦されるようになった。「この結果は全く予想で きませんでした。しかし、昔たてた目標は気づけば何らかのかたちで実現しています」。将来の姿は常にクリアにはならない。それでも方向を決めて走ってみれば、結果がついてくることもあるのだ。現在は海外に学生を送り出したり、在学中の学生にも海外を意識させられる教育の仕組みを整えている。英語での授業、授業の動画公開、交換留学制度など、1研究室で始めた取り組みは共感を呼び、今は学部全体で取り組んでいる。 伊藤さんに推薦され、これまで海外に飛び立った学生は約20名、研究室は現在約1/3が留学生だ。「今後は慶應義塾大学だけでなく日本全国の大学でも学生が異文化との衝突を経験できるよう、環境をつくっていきたいですね」。母校の学び舎を飛び出して、伊藤さんの挑戦はまだまだ続きそうだ。

 

|伊藤 公平 (いとうこうへい)さん プロフィール| Ph.D. 慶應義塾大学 理工学部 物理情報工学科 教授 1994年カリフォルニア大学バークレー 校でPh.D.取得。1995年より慶應義塾 大学助手、以降、専任講師、助教授を経て 2007年より現職。