考え続けることが博士の使命 香川 則子

考え続けることが博士の使命 香川 則子

香川 則子さん 博士(生殖工学)

リプロサポート メディカルリサーチセンター附属リプロセルフバンク 所長

博士号取得までに、どれだけ周りのサポートを受けてきただろう。その研究結 果を待っている人へどうすれば届けられるだろうか。生殖工学の研究者として第一 線で卵子凍結技術普及の道を切り開いてきたリプロセルフバンク所長の香川則子さ んは、そんな思いを背負って、日々を過ごしている。研究のプロとして生きる選択 をして見えてきたのは、博士だからこそ背負うことのできる社会への使命だ。

 

専門性の高い仕事を目指した 学生時代

子どもの頃から医者や弁護士など、専 門性の高い職業に憧れていた香川さん。 高校生になって魅力を感じたのが、バイ オテクノロジーだ。食糧危機が騒がれ、 クローン羊ドリーがつくられるニュース に接するうちに、繁殖工学を研究し、畜 産に役立てる進路を考えるようになっ た。「博士号の取得は研究者として仕事 をするためのライセンス」と捉えた彼女 は、世界で通用する研究者を目指して、 研究に没頭した。「進学先は自分の責任 で自由にできる研究室でした。ここなら 環境に言い訳せずに自分の力が試せる。 土日に休むのももったいないと思うほど でした」。と当時を振り返る。 博士課程の研究は哺乳動物の卵巣から 未熟な卵子を取り出し、新規の手法で受 精可能な卵に育てること。ところが、そ の技術をまだ実際の農業に活かせるとこ ろは少なかった。そんなとき、たまたま 出席した医学会で、今の上司からヒトの 卵子・卵巣凍結技術の共同研究に誘われ る。製薬会社への内定も決まっていた が、「ガンで卵巣を摘出しなくてはなら ない人たちのために妊娠力を温存する研 究をしよう」と説得を受け、世界でも有 数の不妊治療専門の病院で生殖医療の研 究の道を歩むことになった。

結果を出し続けた海外での研究

入所後はヒトの卵巣保存のプロジェクトと海外での絶滅危惧種保護のプロジェ クトも任された。卵子凍結が難しいネコ 科、両生類の凍結卵子や精子を世界各地 に分散させ、種の保存目的で米政府から 招聘を受け、渡米して研究した。その後、 海外の施設との共同研究、ヒト卵子・卵 巣凍結技術の臨床試験に従事すること になる。日本で倫理委員会にかけて臨 床試験の許可を得るまでには 5 年以上か かる。国内での技術普及を目指し、まず は海外で実績をつくれば日本の許可申請 時の1つの説得材料となる。勝手も違う 海外で結果を出し続けることは困難を極 めた。「与えられた機会に 200%の力を 注ぎ、技術力やマネジメント力を信頼し てもらえたことが目標達成に繋がりまし た」。不妊治療に悩む女性に接する中で、 香川さんは若い卵子を保存し、体外受精 の成功率を高める治療の普及に力を注ぎ たいと考えるようになる。現在行われる 体外受精技術は、卵子が老化してしまっ た後では、成功確率は 10%以下に下が る。一方で、現在体外受精を求める患者 の平均年齢は 39 歳。「失敗する確率が高 い技術のためにお金と時間をかける患者 を減らしたかった」。彼女は上司ととも に今の会社に卵子バンクを立ち上げた。

何のために生きるのか、 博士だから持てる答えがある

リプロセルフバンクでは 30 歳前半ま でに卵子や卵巣を凍結保存して長期保存 するサービスを行っている。女性は仕事 が充実してくる時期と妊娠・出産の時期がどうしても重なってしまう。卵子凍結 を若いときに行っておけば、納得できる タイミングで出産に臨める可能性が高く なるのだ。「ちゃんと考えれば、仕事も 出産も、どれも欲張れるんですよ。」と 香川さんは言う。知るべきことに向き合 い、正しい治療を選択できる世の中にし たい。多くの情報が錯綜する中で正しい 情報をわかりやすく伝える必要がある、 と考えている。 「学生時代から何百万と卵子を扱って きて、1個の卵が 1 人のヒトになること のすごさに興味がつきませんでした。博 士号を取るからには何か自分の積んでき たものを社会に役立てる活躍をしてほし い。」という言葉からは、人生を捧げる べき目標を明確に持ち、そこに近づくた めにどんな努力も厭わない覚悟が感じら れる。「生きるか死ぬかに直面するガン 患者や不妊に悩む人を思えば、研究の苦 労は苦労とは思えないです」。研究で救 える誰かのために、これからも考え続け る人生を歩んでいく。

プロフィール

京都大学で博士号を取得、世界最大の不妊 治療専門施設の附属研究所で主任研究員 として7年間の生殖補助医療の研究キャ リアを積む。卵子、卵巣組織の凍結保存技 術開発や臓器移植技術開発など不妊症患 者やがん患者を救う数々の研究成果を生 み出しながら臨床応用を実現。2012 年よ り現職。