ヘモグロビンの再利用で、 赤血球の寿命を延ばす 酒井宏水
事故でケガをしたときや,大きな手術をするときなど,大量の血液が必要になるときには「輸血」が行われます。血液成分のなかでも,酸素運搬という重要な機能を果たしている「赤血球」は,補うべき重要な成分です。しかし,輸血用の赤血球は,日本ではたったの3週間しか保存できないのです。
からだ中で働く酸素の配達員
赤血球は,骨髄などでつくられた造血幹細胞から生まれます。少しずつ性質やかたちを変えながら成熟していき,最後に細胞の中心ともいえる核を放出して赤血球へと変身するのです。その中に含まれるたくさんのヘモグロビン分子が,酸素と結合したり離れたりすることで,私たちのからだの隅々にまで酸素を送り届けています。からだの中では赤血球の寿命は120日ですが,献血用に取り出したものはたったの21日間しか保存できません。それ以上は,赤血球が分解されて溶け出すヘモグロビンによって毒性が出てしまったり,細菌が増殖したりするため,献血液として使うことができなくなるのです。
脂質の膜でヘモグロビンを包む
そこで注目されているのが,より扱いやすく長期保存ができる「人工赤血球」の研究です。その中でも奈良県立医科大学の酒井宏水さんが取り組んでいるのは,ヘモグロビンの「再利用」。使用期限が切れてしまった血液から,ヘモグロビンだけをきれいに取り出して,リポソームと呼ばれる人工的につくった小さな脂質の膜に閉じ込めるのです。「赤血球という『生モノ』を人工の『モノ』に変換するので,ウイルスや細菌がなく,血液型もなく,室温で2年以上保存でき,安全性も扱いやすさも格段に高まりました」。すでに,ラットの血液の90%を,この人工赤血球に置き換えても生存可能なことを確認済みです。
条件の厳しさは期待の裏返し
大掛かりな手術では,1回で数Lもの量の血液が必要になります。大量に使うことを想定して,安全性は必要以上に確認しなければなりません。複数回の投与を行うと何が起こるのか,脳内出血や肝硬変,免疫異常など病気の個体に投与しても問題ないか……あらゆる場面を想定し,マウスやラットを使った安全性の検証が進められています。社会的なインパクトも大きいからこそ,求められる条件も高くなってきます。でも,近い未来,私たちのからだの中を人工赤血球が駆けめぐる日が来るかもしれません。
(文・石澤敏洋)
協力:酒井宏水(さかいひろみ)
奈良県立医科大学医学部医学科教授。1994年,早稲田大学理工学研究科博士課程修了。博士(工学),博士(医学)。早稲田大学理工学総合研究センターや慶應義塾大学総合医科学研究センター,早稲田バイオサイエンスシンガポール研究所などでの研究経験を経て,2013年4月より現職。