未来をつくり出すのは研究者の創造力 野方 誠

未来をつくり出すのは研究者の創造力 野方 誠

理工学部 ロボティクス学科 野方 誠 教授

単元に関係するキーワード 物理「電磁誘導と電磁波」,情報の科学「データベース」

「遠くの人にすぐに伝えたいことがあるのに」という想いから電話が生まれたように,「あったらいいな」という想いは,世の中に新しい価値を生み出す創造力の源となります。たとえば,医療の世界に「あったらいいな」を見つけた研究者は,やがてそれを医療で使う道具として具現化することで,医療現場が変わるのです。夢見た未来に向けて,自分の興味を組み合わせ,何かをつくり出すことが,研究者のひとつの人生といえるでしょう。

医療の現場で役立つ『秘密道具』をつくる

小さい頃,医者に病気を治してもらったことをきっかけに医学に興味を持った野方先生。しかし,進学したのは工学部でした。「実は『ドラえもん』が大好きだったんです。秘密道具に憧れ,医療の現場で使える便利な道具をつくりたいと考えるようになりました」。これまで開発されてきた医療道具といえば,手術する医者の負担を減らすようなものが一般的でした。しかし,患者という立場から医療への興味を抱いた先生が着目したのは,「患者視点の道具」でした。

たとえば,肝臓や心臓などの臓器の手術をした患者は,経過観察のために傷口を開く場合もあり,手術後もからだに負担がかかっています。そこで考えたのが,からだの中に小型のロボットを入れてしまい,長期間体内で動きながら臓器を診断,治療する「体内パトロールロボット」です。これが実現できれば,検査のたびに傷口を開かなくても,患部の経過観察ができます。いずれは,問題のある部位を見つけた場合,切り取ったり,薬剤を散布できたり,からだの中から一緒に健康を守ってくれる夢の道具も考えられます。

磁場の力でパトロール

現在作成しているロボットは,大きさ1×3cmほど。胃などの臓器と,そこを取り囲んでいる腹壁の隙間を移動し,前方についたカメラで患部の撮影を行います。この開発で難しい点が,からだの中をどのように移動させるかということです。モータを使うと,外部の磁石の影響を受け,故障する可能性があります。長期的にパトロールするためには安全でバッテリーの補充がなくて済むようにしなくてはいけません。

そこで先生は磁力で装置を動かす方法を考えました。医療用のMRI装置のように周りにある強力な電磁石からベッド上に磁力線を発生させることで,ロボットの動きを操作します。電磁石を動かすことで,からだを通る磁力線の方向を変えることができるため,ロボットを目的の場所まで誘導することができるはずです。

患者のからだに合ったパートナーロボットへ進化する

体内は,場所によって硬い組織,やわらかい組織があり,体調によってもその状況は変わってきます。ある方向に1cm動かすことを狙っても,組織が硬く0.5cmしか進まない場合もあれば,狙った方向に動かないこともあります。そこで,現在は動物実験を繰り返し,磁場の強さと進んだ距離や方向の関係を調べています。さらに,外部で発生させた磁場の強さや方向と移動距離を,ロボットを動かす装置自らが計算することで目的地に到着するために必要な次のパラメータを指定できるような,パトロールロボットと外部装置の間でのフィードバック系を開発しています。これが自律的に機能するようになれば,患者のからだをよく知る「パートナー」のような存在に進化していくはずです。

Creativityの種は,誰もが持っている

体内の移動をコントロールするだけでも,電子回路や機械の設計,さらにプログラムの作成などまだまだ開発しなければならないことが山積みです。さらに,患部を切り取るロボットアームを実現するためには,超小型でも強力に動く人工筋肉の開発なども進めなければなりません。しかし,先生は「いつか完成するでしょう」と,未来に向けて一歩一歩,楽しみながら研究を進めています。

「好きなことを結びつけ,自分だけのモノづくりをしたい」。あの日,治療を受けた医者,あの日,手にして憧れたマンガ。好きなものを大切に,自らの手で新しいものを生み出す道を歩みはじめた少年は,「あったらいいな」が本当にある未来を形にしようと挑戦を続けます。